南北朝期創建の神明社、今は8ヶ町の氏神、明治期の大神輿が現存
[住所]東京都墨田区業平2-13-13
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押上天祖神社(おしあげてんそじんじゃ)は、東京都墨田区業平にある神社。近代社格では村社。正月や祭礼時など、神職もしくは氏子の方など墨書きできる方がいらっしゃる時のみ、御朱印を頂ける。

押上駅の西側すぐに鎮座する。当社からすぐ北、南面する当社境内の後方に東京スカイツリーがそびえ立つ。

南北朝時代の延元年間(1336年-1340年)の創建とされている。

現在の四ッ目通りに架かる京成橋付近で、川の増水によって堤防に押し上げられた御神体を、農民などが安置して祀ったともいわれている。

「押上」の地名は、現在の京成橋あたりの所まであった北十間川に、常に潮が押し寄せ押し上げていたことによるが、当社由緒との関連性も興味深いものがある。

御祭神は、天照大御神八幡大神春日大神

室町時代、後花園天皇(在位:1428年-1464年)の御世には神明社と称し、朝日神明宮とも称された。天台宗の弘誓山徳正寺が別当を務めた。

明治初年の神仏分離令により牛嶋神社の末社とされ、明治5年(1872年)10月、旧押上村の村社に列した。

『東京名所図会』にも、「天祖神社」とあり、「もと押上村の総鎮守で、神明社と称し」、「祭神は天照太神及び八幡、春日両太神」とある。

大正12年(1923年)の関東大震災で社殿を焼失後、昭和3年(1928年)の区画整理によって、旧鎮座地の平川橋4丁目から現在地へ替地され遷座した。

社殿も再建されたが、昭和20年(1945年)3月の大空襲で再び焼失、戦後の昭和27年(1952年)、社殿が再建された。

昭和32年(1957年)の大祭時に鳥居が再建され、玉垣・狛犬・手水舎なども順次整備された。

昭和37年(1962年)、社務所・会館が設立され、もとの6ヶ町の他に新たに旧業平橋1丁目と、旧向島押上町が加わり、8ヶ町の氏神となった。

現在の大神輿は、明治21年(1888年)5月5日に新調されたもので、今までに関東大震災と戦災で二度に渡る災害にあったが、現在の神輿庫が奇蹟的に焼失を免れ、現存する。

大神輿は現在、老朽化が激しいことから、一般公開はされていないが、9月の祭礼の期間だけ、飾りが施され、神輿庫に置かれた姿を見学することができる。

境内社に、三峯神社(伊弉諾尊伊弉册尊)がある。かつて押上にも三峯講が存在した名残りだという。

小さい神社ながら、氏子崇敬者による管理が行き届いており、現在は、スカイツリー効果もあって、パワースポットとしても有名になっている。

【ご利益】
開運招福、出世開運、武運長久・勝運
押上天祖神社 東京都墨田区業平
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