平安期の創建、板碑や燈籠、10月伝統の秋祭り、勇壮な神輿の宮入
[住所]大阪府池田市畑3-15-8
[電話]072-752-2853

畑天満宮(はたてんまんぐう)は、大阪府池田市畑にある神社。正式には天満宮(てんまんぐう)のみ。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

平安時代の永長2年(1097年)11月11日に創建されたという。御祭神は菅原道真

およそ、畑・渋谷・五月丘・旭丘・緑丘・鉢塚・荘園からなる旧秦野村の、北部側の地域の氏神として崇敬された。

鎌倉時代、弘安8年(1285年)4月7日大法師行覚とある板碑が現存する。花崗岩製で、高さ16センチ・幅36センチ。キリーク(阿弥陀如来)の梵字の下に6行の銘文を刻む。

また、南北朝時代、永和4年(1378年)の刻銘がある花崗岩製、高さ164.5センチの燈籠も現存する。板碑とともに、市の文化財に指定されている。

安土桃山時代の天正年間(1573年-1592年)、兵火にかかって焼失したが、文禄4年(1595年)には再建された。

江戸時代には、前期の元禄年間(1688年-1704年)と中期の宝暦年間(1751年-1764年)に社殿の改造の記録が残る。

幕末の嘉永5年(1852年)に麻田住人・岩田清庸が奉納した、縦75.4センチ×横106センチの算額が伝わる。やはり市指定文化財。

宮寺として石積山千宝寺があり、明治維新まで、その法灯を継ぐと称する妙応山神徳寺という真言宗の別当があった。

明治4年(1871年)、社殿を造営し、明治5年(1872年)には村社に列した。

明治40年(1907年)、6月12日には女郎垣内の愛宕神社を、6月17日には上渋谷堀切の水神社を合祀した。

明治41年(1908年)12月、神饌幣帛料供進社に指定された。

平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災で本殿が倒壊したが、平成12年(2000年)に氏子崇敬者の協力で造営、再建された。

例祭は10月25日。7月25日には夏越祭が、1月15日にはとんどがある。これらはいずれも現在、週末など休日に調整されて行われている。

当社の例祭は秋祭りとして、江戸時代初期から伝わる伝統的なものだったが、一時中絶。昭和47年(1972年)になって、復活した。

神輿の上では化粧をした4-6人の子どもの乗り子が太鼓を叩き、その神輿を60人ほどの男たちが担いで上渋谷、西畑、東畑それぞれの地域から当宮へ向かう。

当宮の49段の急な石段を神輿を担いで登り切る宮入は勇壮果敢で、当宮の境内から見渡せる阪神間の夜景をバックに響く太鼓の音と、「よいさじゃ」のかけ声が情緒を掻き立てる。

境内社に、稲荷社・大歳社・愛宕社がある。

【ご利益】
家内安全、商売繁盛、学業・受験合格、交通安全など(公式HP
畑天満宮 大阪府池田市畑
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