住吉大社の神馬を養育した特殊な関係「田辺西神」、7月に獅子舞
[住所]大阪府大阪市東住吉区山坂2-19-23
[電話]06-6622-1838

山阪神社(やまさかじんじゃ)は、大阪府大阪市東住吉区山坂にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

創祀・創建年代は不詳。土師氏が弓部の16人を率い神功皇后に従い、三韓に渡り偉功があって、凱旋後に摂津住吉の創立とともに、この地に邸宅を賜り、梅園惟朝と称したという。

土師氏と同系の田辺氏に関わる社であり、古来より山阪明神または田辺神社とも呼ばれた。

田辺氏は、もとは西国から移動してきた渡来系氏族で、現在の柏原市に拠点を持ち、大いに栄えた一族で、その分家がこの地に移住したと考えられている。

『住吉松葉大記』によれば、大海大依羅開口座摩生国魂の住吉大社末社群の上位に当社は位置されていた。

住吉大社にとって、重要度の高い神社だったことがうかがえ、住吉大社の神馬の飼育も田辺氏に任されたことと関係しているとされる。

当社の御祭神は、主祭神が天穂日命で、野見宿禰命も併せて祀る。

『日本三代実録』貞観4年(862年)8月11日条に、「田辺西神、田辺東神に従五位を授けた」とあり、田辺西神は当社を、東神は中井神社を示すものとされる。国史見在社

往時、9月朔日の例祭には、西神である当社と、東神の祭儀には梅園氏が親しく奉仕したとされ、もともと東神の中井神社とは対のような関係にあった。

また、禰宜長以下の宮座は当社に奉仕するとともに、住吉大社の神馬を飼養し、日々住吉大社に曳いたともされ、当社の宮座と住吉大社の特殊な関係を示している。

江戸時代前期の元禄16年(1703年)の検地帳によれば、境内地は約3万平米にも及び、当社本殿は前方後円墳の後円部に創建されていたと考えられている。

明治5年(1872年)、村社に列し、現社号に改称した。明治23年(1890年)には八王子社(素盞嗚尊)を合祀。

明治40年(1907年)1月、神饌幣帛料供進社に指定され、同年5月に浜田の土公神社(猿田彦命)、榊ケ原の稲荷社(宇賀御魂神)2社を合祀し、五神五社殿とした。

大正12年(1923年)7月、五社殿を一社殿に改築した。例祭は10月15日で例大祭。4月15日には春祭が、7月21日には夏祭がある。

夏祭りには露店も多く出て賑わい、獅子頭、傘踊り、篠笛、締太鼓での獅子舞奉納の他、子供山車、子供神輿が出る。

境内社に、荒川稲荷神社(宇賀御魂神)、八日戎社、伊勢神宮遥拝所、素釜三賽荒神、楠社(楠大明神)がある。

なお、大相撲の大阪場所では九重部屋が当社に宿舎を置く慣例になっているという。

【ご利益】
地域安全、一族・子孫繁栄、身体壮健、交通安全
山阪神社 大阪府大阪市東住吉区山坂
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山阪神社 大阪府大阪市東住吉区山坂の御朱印