県内屈指の古刹だった建穂寺と一体の信仰、兵乱を予言した馬鳴大明神
建穂神社 静岡県静岡市葵区建穂271
[住所]静岡県静岡市葵区建穂271
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建穂神社(たきょうじんじゃ)は、静岡県静岡市葵区建穂にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「建穂神社(駿河国・安倍郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

創祀・創建年代は不詳。当社と一体の寺院である建穂寺が、白鳳13年(662年)、法相宗の道昭が草創し、奈良時代の養老7年(723年)に行基が再興したと伝えられる。

県内屈指 の古寺として、天平7年(735年)の「寺領寄進」 の記録が、寺の古さを特徴づけている。

この「建穂」は、「たけほ」とも「たきょう」とも読むという。当社はかつて、馬鳴大明神(まなりだいみょうじん)とも称されていた。

もとは、藁科川に近い羽鳥の明神森に鎮座していたともいい、羽鳥の宮は当社の里宮で、現社地の宮が奥宮ではないかとも。

服織という地に隣接しており、建穂地域を中心に秦氏の一族が居住していたらしく、馬鳴大明神の馬鳴は、蚕虫に化生した馬鳴菩薩によるものだという。

つまり、養蚕を営んでいた人々によって奉斎されたとも考えられている。

御祭神は、保食神天照皇大御神。一説には、「建部」との近似からか日本武尊との説も。保食神は、建穂の「穂」からの連想ともされるが、養蚕の神としても特段の矛盾はない。

中世には安倍七観音の霊場でもあり、観音堂には珍しい稚児舞が伝わっていた。現在は静岡浅間神社廿日会祭に受け継がれ、県の無形民俗文化財に指定されている。

『吾妻鏡』承元4年(1210年)には、駿河国の建穂寺の鎮守である馬鳴大明神が、稚児に託し、酉年に兵乱、つまり建暦3年(1213年)の和田合戦が起ると予言したとある。

鎌倉時代の高僧南浦紹明は、幼年期を建穂寺で修行した。学問を目的とした建穂寺は、弘法大師の意志を継ぎ、「駿河の高野山」とも称された。

今川 徳川両家に保護された。徳川家康は県内最高の寺領480石を与え、観音堂と21坊を構え、学問の寺として久能寺とともに駿河を代表する古刹だった。

「駿河三十三観音霊場」の第15番札所。明治初期に経営が困難となり、明治3年(1870年)には火災にも遭い、廃寺となった。

文化財の一部は、観音堂内に保存されている。平安時代や鎌倉時代のものを含む60体あまりの仏像があるという。

現在までに当社には猿田彦命須佐之男命を合祀している。明治6年(1873年)、郷社に列した。例祭は10月18日に近い土曜日。

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建穂神社 静岡県静岡市葵区建穂
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