摂社の大国主神社で知られる「松之宮」、狛鼠と、ご利益ある種銭
[住所]大阪府大阪市浪速区敷津西1-2-12
[電話]06-6641-4353

敷津松之宮(しきつまつのみや)は、大阪府大阪市浪速区敷津西にある神社。近代社格では村社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

地元では「木津の大国さん」と呼ばれて親しまれている。摂社の大国主神社(大國主神社、日出大国社)がよく知られており、付近の町名や駅名の由来にもなっている。

敷津松之宮・大国主神社、大国主神社・敷津松之宮との併記も見受けられるが、宗教法人としての登録名は敷津松之宮である。

神功皇后が三韓征伐より帰朝し、住吉大社から敷津の浜を航行していると、海岸に荒波が打ち寄せていた。

そこで渚に松を3本植えて、ここより潮が満ちないよう祈願し、その松の下に素盞嗚尊を祀ったのが当宮の起源だという。

航海の安全が祈願され、「松之宮」と呼ばれた。平安時代の貞観8年(866年)、僧園如が祇園の牛頭天王を播磨国の唐崎より勧請する折に当社に立ち寄ったという。

そのため、当社も祇園社または牛頭天王社と称したという。

江戸時代中期の延享元年(1744年)2月、神託により、出雲大社を勧請して摂社の大国主神社(大国主命)が建てられた。

以来、今宮戎神社と並んで、大阪市街からの参拝が多い神社となり、甲子の日には大変な賑わいを見せた。

また、戎橋の由来と同様に、道頓堀川に架かる大黒橋は当社への参道に由来する。大国主神社は大阪七福神めぐりの一社でもある。

境内には現在の浪速区や大正区にあたる地域の開発に尽力した中村勘助(木津勘助)の像がある。

西成郡木津村の北部(関西本線以北)が大阪市へ編入された後、当社由来の「木津大国町」のほか、中村勘助由来の「木津勘助町」という町名も誕生。

昭和55年(1980年)に「敷津西」に変更されるまで存在した。境内には他に、折口信夫の歌碑があり、境内社として、楠稲荷社・白龍明神社がある。

全国的にも珍しい、狛鼠が安置されていることでも知られている。例祭は10月17日。毎年1月9日から 11日には大国まつりが行なわれる。

境外末社として西成区松2丁目に敷津松之宮西成旅所がある。この分社では、7月に夏祭りが行われる。

御守の他、種銭が授与される。持っている人が次々と宝くじに当選したとして、テレビ番組などでも紹介され、一時入手困難になるほどの人気になったという。

【ご利益】
商売繁盛、金運、厄災除け、病魔退散
敷津松之宮 大阪府大阪市浪速区敷津西
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敷津松之宮 大阪府大阪市浪速区敷津西の御朱印