石見銀山と遷座、江戸後期の重層式拝殿「鳴き竜」と亀石
[住所]島根県大田市大森町イ-1477
[電話]0854-89-9090

城上神社(きがみじんじゃ)は、島根県大田市大森町にある神社。御朱印の有無は不明。

『延喜式神名帳』にある「城上神社(石見国・迩摩郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社

石見銀山資料館の近くに鎮座する。後述するが、銀山との兼ね合いで遷座を繰り返し、銀山とは奇妙な関連がある。創祀・創建年代は不詳。

御祭神は大物主神(倭大物主櫛瓱魂命)。ただ、一般には当社御祭神は大国主命であると認識されている。縁結びの神としても名高いという。

社伝によれば、もとは石見国東海岸にある馬路(まじ)の高山に鎮座。航海安全と海防の神として信仰を集めていた。

城上は亀神だという指摘がある。当社の神紋は亀甲、後述の亀石の伝承とも関連している。

戦国時代の永享6年(1434年)、大内氏が銀山を手に入れると、氏の守護神として大森の香語山に遷座した。

安土桃山時代の天正5年(1577年)、毛利氏が銀山を手に入れると、現在地に遷座し、城上神社大森大明神と称されたという。

大森の名は当地に一本の大樹が森をなす如く大きく繁茂していて、この大樹を中心として大いに信仰を集めたことにちなむ。現在の町名の起こり。

この大樹は江戸時代後期の寛政12年(1800年)、大森町の大火で社殿とともに類焼して焼失。

文化9年(1812年)4月になり、現在の拝殿が再建された。重層式拝殿で入母屋造り、瓦葺きで、江戸の亀井戸天満宮(亀戸天神社)の様式を取り入れたもの。

この県指定有形文化財の拝殿、その鏡天井に描かれた極彩色の天井絵「鳴き竜」は、三瓶山麓の絵師梶谷円林斉守休の手によるもので、文化15年(1818年)の作。

日光東照宮の薬師堂の天上に描かれた絵のように、絵の真下に立って手をたたくと、天井がリンリンと鳴り響く。

また、この鏡天井の左右に格天井があり、各升目に紋づくしが描かれている。このような紋づくしは清水寺にも見られる。

他に、当社では大久保長安にゆかりの遺物として、能面3面、熨斗目1領を伝えている。

境内には亀石が安置されている。平安時代前期の延喜年間(901年-923年)に奉納されたものだという。

永享年間に、当社が愛宕山へ遷座した時は運ばれたが、天正年間の現在地への遷座の際、この亀石は忘れられてしまった。

亀石は自力で山を下ったが、自分の重さで山麓の川底に沈んでしまった。それから、その川側を通ると、川の中から、不思議な音、小豆を研ぐような音が聞えるようになった。

物好きな人がこれを引き上げ、大正時代(1912年-1926年)まで道端に置かれ、小豆石と呼ばれた。

ある夜、この石が田中某の夢に現れ、事の次第を打ち明けて、再び当社境内に落ち着くことになったという。

例祭は10月。秋の大祭で、御幸祭。1キロほど離れた少彦名命を祀る天真神社長砂大明神がある長砂(たかさご)という飛地境地内まで行列する。

現在までに、武甕槌命齋主命天兒屋根命を合祀する。境内社に、稲荷社、天満宮などがある。

【ご利益】
海上・航海安全、地域安全、家内安全、縁結び
城上神社 島根県大田市大森町
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