江戸中期の千田の開発、主導者の崇敬、吉宗の矢の根、六角宝塔
[住所]東京都江東区千田12-8
[電話]03-3644-5043

宇迦八幡宮(うかはちまんぐう)は、東京都江東区千田にある神社。近代社格では無格社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

現在の千石・石島・千田・海辺・扇橋一帯は干潟で、江戸時代に市中から排出された塵芥や残土を用いて、埋立が行われ、十万坪築地と呼ばれていた。

江戸時代中期の享保8年(1723年)、近江屋千田庄兵衛と井籠屋萬蔵の両名による新地開発願が許され、2年かけて開発が行われた。

当社の創祀は不詳だが、おそらくこの頃。8代将軍徳川吉宗が近辺に鷹狩りに来た時、残した矢の根を御神体とし、それは戦火を逃れ、今も保存されているという。

近江屋の本姓から千田新田と名付けられた。寛政8年(1796年)、一橋家の領地とされたため、一橋領十万坪とも呼ばれた。

当社はもともと小祠だったが、千田庄兵衛は社殿を造営し、千田稲荷神社と称して新田の産土神・鎮守とした。

穀物が不作だった際に当社へ祈願したところ、神託があり、片栗を栽培し農民が飢餓から救われたという伝承が残る。そのため、片栗八幡宮とも称された。

『新編武蔵風土記稿』には「稲荷八幡合社 村ノ鎮守ナリ 村持」とある。御祭神は宇迦之御魂命応神天皇

入母屋権現造り総桧銅板葺きの旧社殿は、戦災で焼失したが、昭和27年(1952年)1月25日、現社号に改称、同年7月に旧社殿と同様の社殿が再建された。

例祭は8月14日・15日。 3年に一度、各町会神輿による連合渡御があり、大放水による水掛祭りとしても知られる。

境内には、身代わり地蔵尊や、6体の仏像が掘られ、「貞享二年乙丑八月十五日」「妙法華経千部供養塔」の銘がある石造六角宝塔がある。区登録有形文化財。

貞享2年(1685年)、千田庄兵衛が造立し、永代寺に寄進したもので、その廃寺後は社有地に置かれていたが、戦後の再建時に現在の場所に移された。

【ご利益】
五穀豊穣、商売繁盛、厄災除け
宇迦八幡宮 東京都江東区千田
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宇迦八幡宮 東京都江東区千田の御朱印