奈良時代に宗像神と八幡を勧請、赤穂藩の崇敬、奥野将監の屋敷跡
[住所]兵庫県加西市下道山町字崇礒559-1
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礒崎神社(いそざきじんじゃ)は、兵庫県加西市下道山町にある神社。磯崎神社、礒崎八幡神社、磯崎八幡神社などとも。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 山陽道神 播磨国 賀茂郡「崇健神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。

創建は、奈良時代の養老3年(719年)。御祭神を市杵島姫命湍津姫命田心姫命宗像三女神とした。

翌養老4年(720年)、宇佐八幡宮より応神天皇を勧請した。社号標にも「磯崎八幡宮」とあるなど、八幡と考えられたようだ。

中世、神宮寺の別当があまりにも権力を持ち、威張るので、氏子たちは負担となり、式内社名やその由緒などは捨てた、という説がある。

江戸時代になり、播磨赤穂藩3代藩主浅野長矩より黒印料20石が寄進された。関連して、馬場先には赤穂藩の重臣、奥野将監の屋敷跡がある。

奥野定良は、忠臣蔵で知られる、大石内蔵助に次ぐ第二家老だったが、脱盟したために、一般には人気がない。

ただし、討ち入りが失敗した際の次善の策を担っての脱盟だったという説があり、地元では今も尊敬されている。

当社の社務所脇の山林が屋敷跡だったとも。なお、奥野定良の墓は、多可郡多可町の糀屋稲荷神社にある。

明治7年(1874年)、村社に列した。例祭は5月下旬の日曜日。

境内社に、天満神社、大己貴命・清和天皇神社、薬師神社、小宮社・高良神社、住吉神社・稲荷神社がある。本殿右手に磐座が奉斎されている。

市内若井町には、当社の御分霊を分祀した同名の神社がある。

なお、式内社「崇健神社」の論社は他に、加東市社の山氏神社、加西市の畑町の高峯神社、池上町の日吉神社がある。

【ご利益】
交通安全、厄災除け、子宝・安産
礒崎神社 兵庫県加西市下道山町
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