飛鳥朝に大和国を勧請、那須国造の中心地、藤原資家、三和天祭り
三和神社 栃木県那須郡那珂川町三輪726
[住所]栃木県那須郡那珂川町三輪726
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三和神社(みわじんじゃ)は、栃木県那須郡那珂川町三輪にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 東山道神 下野国 那須郡「三和神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

社伝によれば、飛鳥時代、第33代推古天皇12年(604年)に大和国の大神神社から勧請して創始されたという。

はじめ、毛野国三輪山と称した当山の三つ又の槻木(現在のケヤキ)の大木を御神体として、芽の輪を捧げて奉祀したという。

御祭神は大物主命。もとは大字三輪字宮窪に鎮座したという。いずれかの時期に現在地に遷座したようだ。

那須国造による統治の中心地にあたり、那須国造と関係のある神社ともされる。

奈良時代の和銅6年(713年)に初めて神殿を建立。神護景雲2年(768年)、勅使の神祇官の奉幣に預かり、三和の神号が勅宣された。

平安時代になり、『続日本後紀』承和5年(838年)9月の条に、官社に預かるとある。

『日本三代実録』元慶4年(880年)8月に三和神として正五位上に進み、仁和元年(885年)2月に従四位下を授けられた。

長治2年(1105年)、藤原資家(須藤権守貞信)が賊を征伐する際に戦勝を祈願した。

資家は天養元年(1144年)に社殿を造営し、以後資家の子孫である那須氏によって那須氏が除封されるまで守られ続けてきた。旧別当寺は明法寺(妙法寺)。

那須氏除封後は氏子により維持されてきた。現社殿は明治16年(1883年)に新築、昭和45年(1970年)に改築されたもの。

例祭は10月30日。安土桃山時代の天正年間(1573年-1591年)から伝わる五穀豊穣を祈願する天祭、いわゆる三和天祭りが町の無形民俗文化財に指定されている。

境内社に、稲荷社がある。なお、当社より北東500メートルに那須与一宗隆の霊廟として奉祀される御霊神社がある。

【ご利益】
武運長久・勝運、事業成功、五穀豊穣
三和神社 栃木県那須郡那珂川町三輪
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