忌部氏が阿波から安房へ、安房からたどり着いた地、小山氏の崇敬
[住所]栃木県小山市粟宮1615
[電話]0285-23-3901

安房神社(あわじんじゃ)は、栃木県小山市粟宮にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 東山道神 下野国 寒川郡「阿房神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

創建は第10代崇神天皇の時代とされる。御祭神は諸説あるが、主祭神は天太玉命

忌部氏は、鳴門市の大麻比古神社、吉野川市の忌部神社など徳島阿波から、千葉県館山市の安房神社のある千葉の安房へ移動したとされる。

そして、当地へは、川を利用した水上交通により、千葉の安房から移ってきたと思われる。当社の西1キロには思川が南北に流れ、巴波川と合流し、渡良瀬川となって利根川へ流れ込む。

第16代仁徳天皇の時代に再建されたという。現在までに莬道稚郎子命を併せて祀るが、この際の合祀か。

平安時代の天慶2年(939年)、承平天慶の乱において、俵藤太秀郷(藤原秀郷)は平将門の軍に対する戦勝を祈願し、汁器、供田を寄進したという。

中世以降周辺を支配した小山氏は秀郷の後裔を自称し、引き続き当社は崇敬された。鎌倉公方・古河公方からも信仰が厚かったという。

当社の北2キロほどには小山氏の城跡で、祇園城とも呼ばれた小山城址がある。当社の現在の神紋も、小山氏と同じ「二つ巴」。

しかし、戦国時代の兵火により、多くの社殿、社宝、記録などが焼失、さらに天正3年(1575年)に小田原北条氏の侵攻で小山城が落城。

以降、小山氏が没落して庇護者を失い、一時衰退したが、その後再興された。古くから神仏習合し「粟宮大明神」「粟宮明神」などと呼ばれた。

明治10年(1877年)、郷社に列し、明治40年(1907年)には神遷幣帛料供進社に指定された。

大正2年(1913年)、拝殿を改築、昭和25年(1950年)、神楽殿を新築、昭和35年(1960年)、拝殿を銅葺にした。

現在までに、火産霊命木花開耶姫命大己貴命・天津神・国津神を配祀する。

例祭は11月21日で、大神輿御祭。23日には秋祭がある。4月初旬に大々神楽祭があって神楽舞が、9月1日の風神祭ではお囃子が、それぞれ奉納される。

境内社に、雷電神社・稲荷神社・道祖神社・厳島神社・琴平神社・天満宮・浅間神社・愛宕神社・日吉神社・十二所神社・山神社がある。

俵藤太戦勝祈願文など安房神社文書(10通)が市の有形文化財、太々神楽とアワガラ神輿習俗が市の無形民俗文化財、推定樹齢130年、樹高約20メートルなどのモミ群落が市の天然記念物に指定されている。

近くには、やはり式内社の胸形神社があり、当社同様、外地からの移住の由緒がある。

【ご利益】
事業成功、五穀豊穣、諸願成就
安房神社 栃木県小山市粟宮
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