鍬山神社御祭神と亀岡開拓の保津峡を開削、近世には請田神社とも
桑田神社 京都府亀岡市篠町山本北絛50-51
[住所]京都府亀岡市篠町山本北絛50.51
[電話]0771-25-3881

桑田神社(くわだじんじゃ/くわたじんじゃ)は、京都府亀岡市篠町山本北絛(北条)にある神社。『延喜式神名帳』にある「桑田神社(丹波国・桑田郡)」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。

創建年代は不詳。主祭神は市杵島姫命、配祀神は大山咋命大山祇命

御祭神の大山咋命・市杵島姫命は、亀岡市上矢田町の鍬山神社御祭神とともに、湖であった亀岡盆地を開拓するため、保津峡を開削したといわれる。

亀岡盆地が湖だったということに関する伝承は、鍬山神社の他、下記の周辺各地に残る。

市内千歳町千歳の出雲大神宮、東別院町神原の徳神社、大井町の大井神社、保津町立岩の請田神社、大阪府高槻市田能の樫船神社、所在不明の餅籠神社など。

保津の急流を見下す景勝の地である当地は、盆地入り口にあたるため、政治的にも重要な地で、秦氏の勢力がいち早く進出したとされる。

社伝では、この地は「田庭」と呼ばれており、「丹波」はこの田庭より名付けられたとされる。

その後、田庭には早稲を作ったり、桑を植えて養蚕を営んだことにちなみ、田庭を今でも小字で「桑の木」と呼んでいると伝える。

江戸時代中期の天明年間(1781年-1789年)、社殿が焼失した。

当地の地名が「桑田」であることは『大日本史神祇志』にも記されているが、明治6年(1873年)まで、先の、川向うの神社と同じく「請田神社(浮田神社)」を名乗っていた。

そのため、「浮田明神」「請田大明神」などとも呼ばれたが、明治6年6月、村社に列し、明治10年(1877年)6月に式内社「桑田神社」を公称した。

例祭は10月25日。篠村七郷から厚い崇敬を受けている。

境内社に、地主神社・五社神社・天満宮・水神宮・野々神社(九頭龍大神)・秋葉宮・祓戸宮がある。水神宮の例祭は1月3日。九頭龍大神は、足の病に霊験あらたかとされる。

なお、式内社「桑田神社」の論社は他に、市内篠町馬堀に同名の神社があり、当社の元宮との説もある。

【ご利益】
事業成功、技芸・スポーツ上達、五穀豊穣
桑田神社 京都府亀岡市篠町山本北絛
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