湧出宮、奈良期に伊勢から遷座、祈雨の神、2月に宮座行事・居籠祭
[住所]京都府木津川市山城町平尾里屋敷54
[電話]0774-86-2639

和伎坐天乃夫岐売神社(わきにますあめのふきめじんじゃ)は、京都府木津川市山城町平尾里屋敷にある神社。単に和伎神社とも、何より涌出宮の名称で知られている。御朱印の有無は不明。

和伎坐天乃夫岐売神社、和伎坐天乃夫支売神社、和伎座天乃夫岐売神社、和伎座天乃夫支売神社や、以上すべての「売」を「賣」と表記するものも。

『延喜式神名帳』にある「和伎坐天乃夫支賣神社(山城国・相楽郡)」に比定される式内社(大社、月次新嘗)。近代社格では郷社。

創祀年代は不詳。奈良時代の天平神護2年(766年)、天乃夫伎売命の神託により、田凝姫命市杵嶋姫命湍津姫命を伊勢国故宮処より相殿に遷座し、和伎大明神と称した。

天乃夫伎売命は天照大神の御魂だという。ただし、伊勢国にはこの宗像三女神を祀る、当社本宮と思われる神社は見当たらない。

なお、この遷座の際、一夜にして森が湧き出し、四町八反の神域と化したので、世人がその御神徳を称え、湧出宮と呼称したという。

この湧き出た森の境内一帯は、弥生時代の住居跡であり、弥生式土器・石器などが出土している。また、堅穴式住居跡も検出されており、涌出宮遺跡と呼ばれる。

『日本三代実録』に、貞観元年(859年)9月8日、和岐神などに風雨祈願とある。

同じく、貞観元年正月27日条の神階授叙記録に中には、従五位下和伎神に正五位下を、従五位下天野夫岐売神に従五位上を授けるとある。

神名帳の他に、『延喜式』巻3「臨時祭」祈雨神祭条に「和伎神一座」とあり、祈雨神祭85座に含まれる。

平安時代末期の治承4年(1180)12月12日、兵火て社殿が炎上したが、源頼朝の治政下において再建されたという。

南北朝時代初期の建武2年(1335年)8月6日にも兵火により炎上。後小松天皇(在位:1382年-1412年)の時に再建された。

戦国時代、後柏原天皇(在位:1500年-1526年)の時にも造営があったという。

例祭は10月16日。翌日17日には百味御食として秋祭が行われる。大座・殿屋座・岡之座・中村座が各戸から集めた山野の収穫物を供物として奉納する。

当社で特に知られているのが2月第3土・日曜日に行われる居籠祭(いごもりさい、斎籠祭、齋居祭)。「涌出宮の宮座行事」として、国の重要無形民俗文化財。

祭りの起源は、第10代崇神天皇に謀反を起こした武埴安彦命に基づく(『古事記』該当部分)。

武埴安彦命はじめ、多くの戦死者が出て、その後、村で悪疫が大流行したことによる。同じ伝承を残す祝園神社でも関連祭事が行われている。

なお、当社境内社には、天神社・大国主神社・市杵島神社・熊野神社・春日社・八幡社・日枝社・熱田社などがある。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、開運招福
和伎坐天乃夫支売神社 京都府木津川市山城町平尾里屋敷
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