古墳群が点在する玉手山丘陵、鎌足の資人として活躍した一族の祖神
伯太彦神社 大阪府柏原市玉出町7-21
[住所]大阪府柏原市玉出町7-21
[電話]072-977-3461 - 春日神社

伯太彦神社(はくたひこじんじゃ)は、大阪府柏原市玉出町にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 河内国 安宿郡「伯太彦神社」に比定される式内社(小社、鍬)。近代社格では村社。

玉手山公園の北の小さな尾根の中腹、天王台と呼ばれる地に鎮座する。玉手山丘陵の西側を石川が北流しているが、この石川は古く博多川あるいは伯太川と称された。

玉手山丘陵には、丘陵の一部を利用して作られた古墳時代前期(4世紀)のものと推定される前方後円墳等より成る古墳群が存在する。

また、麓周辺には、古墳時代後期(6世紀)に築造されたと推定される古墳群がある。

境内の南には神宮寺であった安福寺が接している。6世紀後半から7世紀前半に作られたと推定される横穴古墳群がある。

それらの中には凝灰岩の壁面に騎馬人物像等の線刻壁画を有するものもある。

伝承によれば、御祭神である伯太彦命は伯孫百尊、宿孫百尊とも称される。田邊史の祖で、豊城入彦命の四世孫大荒田別命の子孫である努賀君の子とされるという。

宿孫百尊の孫の斯羅が皇極天皇(642年-645年)の御代に田邊史一族として安宿郡の資母郷に居を構えたとの伝承がある。

田邊史一族は、白鳳から奈良時代にかけて栄えた藤原氏に仕え、この地に勢力を持ち、なかでも田邊史大隈は藤原鎌足の資人として活躍した。

同じく田辺史と関連するものに、和泉市伯太町の伯太神社(はかたじんじゃ)がある。

『続日本紀』宝亀元年(770年)、称徳天皇が由義宮へ行幸した際、現在の石川である博多川に行幸して宴遊し、百官などが曲水の詩を献上した。
淵も瀬も 清くさやけし 博多川 千歳を待ちて 澄める川かも
『日本文徳天皇実録』天安2年(858年)2月26日の条で、伯太姫神社とともに官社に預かったと記されている。

伯太彦命の他に、廣國押武金日命(広国押武金日命)を祀る。古くは躑躅尾社(つつじおしゃ)とも牛頭天王(ごずてんのう)とも称した。

明治4年(1871年)、安福寺より独立し、明治5年(1872年)、村社に列した。

明治42年(1909年)2月、誉田神社に合祀されたが、その後自然災害が続いたため、白木村より神殿を新たに求め、当地に祀られた。

昭和11年(1936年)5月17日、社殿を合祀先より当地に復帰し、若宮殿として並び再祀された。この当たり、伯太姫神社との由緒とは微妙にずれている。

例祭は10月17日。夏祭が7月17日。境内社に若宮社(大物主命)、稲荷社がある。

【ご利益】
一族・子孫繁栄、諸願成就
伯太彦神社 大阪府柏原市玉出町
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