呉服の語源、1月の池田えびすと歳旦祭、正月初詣客数は市内屈指
[住所]大阪府池田市室町7-4
[電話]072-753-2243

呉服神社(くれはじんじゃ)は、大阪府池田市室町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

第15代応神天皇の時代、機織・縫製技術を得るために呉の国に派遣された猪名津彦命が、呉王に乞い連れ帰った4姉妹のうち、池田の地に迎えられた呉服媛を、呉服大明神として祀る。

「くれはとりのひめ」と読み、呉織媛とも表記される。地名「綾羽」の由来。4姉妹は他に穴織媛(あやはとりのひめ)・兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)。

第16代仁徳天皇76年に呉服媛が死去し、その翌年に仁徳天皇がこの地に創建したと伝わる。仁徳天皇自身も、いずれかの時代に当社に祀られた。

穴織媛が祀られ、五月山山麓にある伊居太神社が「上の宮」とされるのに対し、当社は「下の宮」とされ、互いの関係は深い。

安土桃山時代の天正年間(1573年-1592年)、荒木村重が反し、織田信長が入国、その際に社殿が焼失した。

江戸時代初期の慶長9年(1604年)、豊臣秀頼が片桐且元を普請奉行に命じて社殿を再建した。これが現在の社殿となるという。

拝殿は、昭和44年(1969年)に建立されたもの。末社の恵美須神社は阪急沿線七福神の一つで、別に御朱印があり、何よりも十日恵比寿、いわゆる池田えびすと呼ばれる十日戎で知られる。

1月9日が宵えびす、10日が本えびす、11日が残えびす。期間中は参道が車両通行止めとなり、福娘から「福笹」が手渡され、多くの露店・参拝客でに賑わう。

元旦から3日間にわたり歳旦祭が行われ、期間中は御神火が焚かれ、御神酒が振舞われる。

呉の国の「くれ」と、機織(はたおり)が「はとり」と変化し、「くれはとり」となったとされ、呉服(ごふく)の語源となった。

猪名川に架かる呉服橋、池田市の呉服町、現在は愛知県の明治村に移築された芝居小屋の呉服座など、様々な名称の由来にもなっている。

池田駅のすぐ側にあり、知名度も高く、初詣や祭事が行われる時期には、多くの神社仏閣がある池田市の中でも屈指の参拝客で賑わう。

【ご利益】
機織り、アパレル産業、事業成功
呉服神社 大阪府池田市室町
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呉服神社 大阪府池田市室町の御朱印