崇神朝の創祀、大宝年間に牛頭天王を勧請、室町期の社殿が重文
[住所]愛知県西尾市八ツ面町麓77
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久麻久神社(くまくじんじゃ)は、愛知県西尾市八ツ面町麓にある神社。『延喜式神名帳』にある「久麻久神社二座(三河国・播豆郡)」の一座に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。御朱印の有無は不明。

創建は古く、第10代崇神天皇の御代、久麻久連が京都丹後半島与謝の国よりこの地に来て開拓し、その産土神として奉斎したのが始まり。

当社が鎮座する八ツ面山は、古くはきらら山(雲母山)と呼ばれ、吉良町(旧きらの庄)の名前の由来となったとも言われている。

奈良時代直前の大宝年間(701年-704年)に旧大宝村より新たに須佐之男命を勧請し、大宝天王宮ともいわれた。荒川大宝天王宮とも呼ばれた。

戦国時代、八ツ面城主荒川義弘の信仰が篤く、徳川家康も西尾往還の折は参拝したと伝えられる。

また、家康が荒川氏歿後に家臣の鳥居元忠に現在地に奉遷させたとも伝えられる。この際、元来西向きだった社殿を東向きにした、とも。

明治元年(1868年)、現社号に復し、明治6年(1873年)3月、郷社に列した。大正4年(1915年)に字市場の竈社、字新御堂の神明社、字麓の白山社を合祀。

現在までに御祭神は、大雀命、須佐之男命で、熱田大神を配祀、奧津比古神奧津比売神火産霊神豊宇気毘咩神伊邪那美命・気理比咩神を合祀する。

大雀命は第16代仁徳天皇であり、崇神天皇の時の久麻久連の祖とはなりえない。創祀の際奉斎されたのは、久々能智命と豊受蒼魂命との説もある。

本殿は一重入母屋造、三間向拝付、桧皮葦の屋根で細部の意匠も優美で、県内でも類例の少ない形式。戦国時代(室町時代)の大永7年(1527年)の建立で、国の重要文化財に指定されている。

拝殿横の椎の木は連理の枝の古木で、男女の幸せの象徴とされる。市の文化財に指定されている。

他に、牛頭天王神像・陶製狛犬などを所蔵している。いずれも未公開だが、県の重要文化財に指定されている。

境内社に、天満宮・稲荷宮・山之神・御鍬社がある。

なお、当社は式内社の一座として久麻久上の社とも称される。二座のうちのもう一座は市内熊味町にある同名の神社

ただし、一社二座の別説もある。

【ご利益】
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久麻久神社 愛知県西尾市八ツ面町麓
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