坂上田村麻呂の創建、信長の神社破却を免れるため牛頭天王社に
[住所]大阪府茨木市元町4-3
[電話]072-622-2346

茨木神社(いばらきじんじゃ)は、大阪府茨木市元町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 畿内神 摂津国 島下郡「天石門別神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

平安時代初期の大同2年(807年)、坂上田村麻呂が荊切の里を作った際、天石門別神社が創建されたのに始まるという。御祭神は天手力男命

荊切の里は現在の市内宮元町付近で、この荊切が地名「茨木」の由来となった。

南北朝時代になり、楠木正成が茨木城を築くに当たって、当社は現在地に遷座、以後、代々の城主の崇敬を受けた。

中川清秀は当社への崇敬篤く、当社への狼藉を厳しく禁止する禁制の高礼を掲げるとともに、天正8年(1580年)には神領13石を寄進した。

織田信長が、天照大御神春日大神八幡大神と、それに信長自身の産土神である牛頭天王を除く神社の破壊を進めたため、当社も「牛頭天王社」と号して破却を免れたという。

また、実際に素戔嗚尊などを合祀している。江戸時代初期の元和8年(1622年)、従来の天石門別神社を奥宮とし、素戔嗚尊を本殿に遷して本社とした。

明治5年(1872年)、茨木神社として郷社に列した。さらに、奥宮である天石門別神社に対しても、嘆願運動の末、明治12年(1879年)、郷社に列した。

例祭は10月10日で秋祭。7月13日・14日が夏祭で、神輿渡御がある。遅くとも江戸時代中期には始められていたと伝えられ、 「島下郡の祇園祭」として親しまれている。

元和3年(1617年)の茨木城廃城に当たり、搦手門を移築した東門がある。豊臣秀吉の茶の湯にも供され、嶋下郡三名水とされる黒井の清水がある。

他に、文久3年(1863年)銘の水槽がある旧手水舎や、平成の大典を記念して植樹された約50本の紅梅・白梅などからなる梅園がある。

境内社に、皇大神宮(天照大御神)、稲荷神社(宇迦御魂命)、愛宕神社(火産霊命)、天満宮(菅原道真公)、主原神社(天児屋根命・応神天皇)、多賀神社(伊射那岐命)、皇大神社(天照大御神)、事平神社(大物主神・崇徳天皇・金山彦命)、厳島神社(市杵島姫命)、恵美須神社(事代主命大国主命)がある。

倍賀春日神社などを兼務している。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、事業成功、技芸・スポーツ上達(公式HP
茨木神社 大阪府茨木市元町
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