式内の中で唯一第9代開化天皇を奉斎、大本・出口王仁三郎ゆかり
[住所]京都府亀岡市曽我部町穴太宮垣内1
[電話]0771-22-0918

小幡神社(おばたじんじゃ)は、京都府亀岡市曽我部町穴太宮垣内にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「小幡神社(丹波国・桑田郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

第10代崇神天皇の命により、当地に派遣された四道将軍の一人で、丹波地域を治めた丹波道主命が、第9代開化天皇を主神として祀ったことに始まる。

また、開化天皇の御子の彦坐王とその御子である小俣王の3代を奉斎している。小俣王は『古事記』に「當麻の勾の君の祖」とある。

神域には創祀にゆかりのある霊域に高熊山があり、また当社の裏山には、俗称「堺塚」と呼ばれた竪穴式古墳が存在した。

この塚からは、直刀一、剣身一、槍身一、蓋杯二、勾玉三、臼玉五、刀子一などが出土、現在は東京博物館に収蔵されている。

なお、当社は犬飼川西岸に突出した山地端に鎮座するが、この尾根上には穴太古墳群がある。古くから拓けた土地だった。

社伝などによると、奈良時代の和銅元年(708年)に、丹波国司大神朝臣狛麻呂が霊域に社殿を建立した。

開化天皇を主祭神として祀る神社は、式内社の中で唯一。正長元年(1428年)の古文書によれば、古くは穴穂宮とも称された。

社蔵の棟札によれば、文和元年(1442年)、管領細川政元の本殿造営とその後明応元年(1492年)を始めとする修造、屋根 葺替えが行われている。

永正6年(1509年)4月3日、室町幕府第10代将軍足利義尹(義植)名義の社地に関する御教書が発布された。

現在の社殿は、江戸時代前期の天和3年(1683年)に造立された一間社 流造、檜皮葺の建物。

享保9年(1724年)に改修されており、現在では、市内で妻に二重虹梁大瓶束を用いた早い事例として貴重で、府の登録文化財。

また、社宝として全国に三幅といわれる円山応挙の絵馬の一つが保存されている。享和3年(1803)、応挙の子である応瑞が奉納したもので、神馬図(板地着色)。

大本教の出口王仁三郎は、幼少のころから当社を信仰し、明治31年(1898年)、27歳の時に高熊山で修行し、小幡大神の神示を得た。

例祭は10月22日。境内社に、稲荷神社、百太夫社・祖霊社、愛宕社、大原社、遷ノ宮、地主社があり、本殿裏には仏像13体が並ぶ。

当社と高熊山は市の自然100選に選定されている。

【ご利益】
平穏安寧、事業成功、五穀豊穣
小幡神社 京都府亀岡市曽我部町
【関連記事】
京都府の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、京都府に鎮座している神社の一覧
小幡神社 京都府亀岡市曽我部町の御朱印