式内論社の無格社山神社が、村社などを合祀して改称した久保島鎮守
久保島大神社 埼玉県熊谷市久保島471
[住所]埼玉県熊谷市久保島471
[電話]048-522-1985 - 高城神社

久保島大神社(くぼじまだいじんじゃ)は、埼玉県熊谷市久保島にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。

創建や由緒は不詳。御祭神は大山祇神伊弉諾尊伊弉冉尊。大山祇神が後述の山神社、伊弉諾尊・伊弉冉尊が二柱神社(聖天社)の御祭神か。

他に、橘姫命倉稲魂命建御名方命誉田別命大日霊貴尊素盞嗚尊・大雷神・軻遇突智命天手長男神が祀られている。やはり後述の神明社含む、無格社7社の神々か。

かつて、熊谷市近辺には八島八河原といって、「島」と「河原」の字のつく地名が八か所ずつあった。

当社の鎮座する久保島もその一つで、江戸時代までは窪島とも書かれ、古くは東西二村に分かれていたという。

『新編武蔵風土記稿』久保島村の項に、「村の鎮守」として、山神社と神明社の二社が挙げられている。

観照院が別当を務める山神社は西久保島の鎮守、大光院が別当を務める神明社は東久保島の鎮守だった。

このうち、山神社は『延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 武蔵国 播羅郡「楡山神社」に比定される式内社(小社)の論社。

ただし、『新編武蔵風土記稿』ではこれを疑問視し、同式内社を「原ノ郷にある熊野社」としている。論社は他に、市内妻沼の大我井神社がある。

山神社は、延享3年(1746年)に極位を受け、正一位山神大権現と称した。なお、この時の宗源祝詞には、瓜と夕顔の種を播くことの許しを乞う一節が見える。

明治に入ると、どんな理由からか、地内にあった尊乗院持ちの聖天社が二柱神社と改称して村社になり、山神社・神明社はともに無格社にとどまった。

しかし、明治42年(1909年)、一村社とすべく、無格社ながら規模が最も大きい山神社に、二柱神社及び神明社をはじめとする無格社7社をそれらの境内社とともに合祀し、山神社が村社に昇格、現社号に改称した。

彼岸花(ヒガンバナ)の群生地で、初秋が見頃。当社の絵馬は彼岸花が描かれている。現在は、市内宮町の高城神社の兼務神社である。

【ご利益】
地域安全、地域振興、夫婦和合、家内安全
久保島大神社 埼玉県熊谷市久保島
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