最澄が勧請、徳川家康・秀忠がたびたび参拝、東金祭では連合渡御
[住所]千葉県東金市日吉台3-860
[電話]0475-54-0980

日吉神社(ひえじんじゃ)は、千葉県東金市日吉台にある神社。近代社格では郷社。御朱印の有無は不明。

社伝によれば、平安時代初期の大同2年(807年)、伝教大師最澄が当地に巡錫、近江国滋賀郡坂本村日枝山(現 比叡山)に鎮座する日吉大社の御分霊を勧請した。

御祭神は大山咋命。またの名を山末大主神といい、建速須佐之男命の孫、大年神の子とされる。山王権現と称された。

もとは鴇ヶ峰(現 山王台公園)に鎮座したが、南北朝時代の嘉慶元年(1378年)に現在地に遷座した。

大豆谷村・台方村・辺田方村・掘上村・川場村・押掘村の東金郷6ヶ村の総鎮守として、崇敬された。

戦国時代の文亀3年(1503年)、大早害をはじめ数度の早害の際には降雨祈願により慈雨をもたらしたと伝わる。

江戸時代になり、慶長19年(1614年)と元和年(1615年)の二度、徳川家康が当地に鷹狩りに来た際、当社に3日間参篭して国家安泰、武運長久、一族繁栄を祈願したと伝わる。

現在の本殿は、家康が代官に改築を命じ、元和6年(1621年)、東金御殿在勤の高室金兵衛が鈴木佐渡守に下命して造営した、一間社流造。

2代将軍徳川秀忠は当社に7度も参拝したと伝わる。

また、寛文3年(1633年)、東金郷6ヶ村は6月15日に執り行われる神幸祭にあわせ、それぞれ楼車を繰出して参加するようになった。

承応年間(1652年-1655年)に起った「雄蛇ヶ池」の水利問題論争の折には、御神徳により円満解決に導いたという。

これに感謝して始まったのが現在の東金祭とされる。

正面にある一対の猿は日吉大神の神使で、初代は元禄8年(1695年)に建立され、現在は二代目。高さは4尺強、体は正面を向き、顔は本殿を向く。

明治初年の神仏分離で現社号に改め、明治6年(1873年)、郷社に列した。

例祭は旧暦6月15日。東金祭で、神輿が山車・屋台を随え氏子九区域のを巡幸する豪華な神幸祭。全国でも珍しい提灯かわしの儀が行われる。

この大祭では、県の無形民俗文化財に指定されている東金ばやしが演奏される。参道は樹齢300年-600年の大スギの並木。

【ご利益】
祈雨・天候、円満解決、五穀豊穣、厄災除け、一族・子孫繁栄(公式HP
日吉神社 千葉県東金市日吉台
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