戦国時代発祥の「八日市場の祇園祭」、平安初期の物部氏の創祀
[住所]千葉県匝瑳市八日市場東本町
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八重垣神社(やえがきじんじゃ)は、千葉県匝瑳市八日市場東本町にある神社。近代社格では村社。御朱印の有無は不明。

平安時代初期の弘仁2年(812年)、物部朝臣匝瑳連足継が鎮守府将軍としてこの地を廻り、祖神たる物部小事の直筆の八雲の神詠を奉祀するため、出雲の神を奉載し、牛頭天王社として祀ったことに始まる。

御祭神は、素戔嗚尊事代主命倉稲魂。出雲の神とは象徴的なもので、祇園信仰の社であり、後の祇園祭も含めて考えれば、京祇園社の系統だろうか。

鎌倉時代末期の正中2年(1314年)、南北朝時代の永徳元年(1381年)に社殿を改修。

戦国時代の享禄3年(1530年)、社殿を改築し、社名を福岡明神に改め、神輿を新造して祇園祭を執行したのが、今日の「八日市場の祇園祭」の起源だという。

江戸時代になり、慶長11年(1606年)、元和10年(1624年)、寛文6年(1666年)に社殿の修改築が行われたが、寛文6年冬に失火により類焼。

御神体は別当寺見徳寺に移祭した。その後、延宝3年(1675年)に仮宮を建立し、正徳5年(1715年)に社殿を造立した。

江戸時代後期の天保11年(1840年)に俗称「按摩火事」によって町の大半が焼失。当社も類焼し、御神体は再び別当寺見徳寺に移祭された。

明治維新となり、明治2年(1869年)に社殿を造営し、明治5年(1872年)に竣工。明治6年(1873年)に村社に列し、現社号に改称した。

「八日市場の祇園祭」は、八重垣神社祇園祭とも呼ばれ、毎年8月4日・5日に行われる。当社を中心に10町内から合わせて20数基の神輿が繰り出される。

笛・太鼓の軽快なお囃子に合わせ、担がれる神輿はこの地方独特のスタイルで、「あんりゃぁどした」という威勢の良い掛け声で練り歩く。

また、祇園祭は神輿の行列に冷水を浴びせかけるのも特徴。大型トラックに満杯に貯めた水をまるでどしゃ降りの雨のようにまく場所もある。

もともとは女人禁制だったが、現在は女神輿が繰り出される。しかも、女性だけが担ぐ神輿として注目を集め、今や祭典の華の一つになっている。

ハイライトは神輿連合渡御。5日午前、八日市場小学校に10町内から集まった20基以上の神輿と囃子連が延々と連なって市街を練り歩き、当社に向かう。

当社同様、物部氏が深く関係していると思われる式内社の老尾神社を兼務している。

【ご利益】
厄災除け、病魔退散、商売繁盛
八重垣神社 千葉県匝瑳市八日市場東本町
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