往古から鎮座の水上宮に八幡を合祀、室町期の特色残す本殿
水上八幡神社(山形県鶴岡市水沢字楯ノ下1)
[住所]山形県鶴岡市水沢字楯ノ下1
[電話]0235-57-4867 - 市教育委員会社会教育課

水上八幡神社(みなかみはちまんじんじゃ)は、山形県鶴岡市水沢にある神社。近代社格では郷社。御朱印の有無は不明。

創建は、古来から宇幣山龍頭ケ池の畔に鎮座していた水上宮を、平安時代の寛治年間(1087年-1094年)、源義家が勧請した石清水八幡宮と合祀したのが始まりという。

あるいは、龍大明神・水分神とも言われた水上宮は、現在は熊野神社の境内にある石山の大スギの下に遷座したとも。源義家が来訪した際に大スギの下にあった小祠のことか。

八幡神社を名乗った後も、現在ももとの水上宮の御祭神である闇龗神事代主神溝杭姫神が主祭神で、誉田別神息長足姫神・比売神を合祀した、という形式。

鎌倉時代の安貞年間(1227年-1229年)に現在地に遷座し、乾元年間(1302年-1303年)に当時地頭職であった武藤家三代盛氏が社殿を造営し、社領を寄進した。

現存の本殿は室町時代に建てられた三間社流造、萱葺の古建築物で、細部に施された彫刻など見るべきところが多いとして、現在は国の重要文化財に指定されている。

室町時代の特色を残す絵様彫刻は、草花を巧みに図案化したもので、その優れた技法で知られている。

ただし、この本殿が盛氏による造営とすると、鎌倉時代末期に相当し、「室町時代の特色」とは矛盾する点がある。

戦国時代の天正年間(1573年-1591年)に奥州仕置きによって上杉領になるが、検地をめぐり、庄内地方で大規模な一揆が起き、当社も兵火に遭った。

近世に入り、酒井氏が鶴ヶ岡城主になると、藩主祈願所となり、社殿の修復や社領の寄進が行われた。

現在の拝殿は嘉永3年(1805年)に再建されたものを、昭和25年(1950年)に屋根を瓦葺きにしたもの。

明治9年(1876年)、村社に列し、大正11年(1922年)に郷社に昇格した。また、供奉社に指定された。

【ご利益】
五穀豊穣、身体壮健、良縁・縁結び
水上八幡神社(鶴岡市) - 往古から鎮座の水上宮に八幡を合祀、室町期の特色残す本殿
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