椀貸塚の東腹に鎮座、江戸期に大野原八幡宮が創建されて境界争い
応神社(香川県観音寺市大野原町大野原1913)
[住所]香川県観音寺市大野原町大野原1913
[電話]-

応神社(おうじんじゃ、應神社)は、香川県観音寺市大野原町大野原にある神社。御朱印の有無は不明。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 讃岐国 刈田郡「於神社」に比定される式内社(小社)の論社。

大野原八幡宮の敷地内に位置するが、別の神社で、大野原八幡宮の方が後発である。当社の創建は不詳。御祭神は誉田別命

由緒はあまり伝わっていないが、古来より椀貸塚の東腹に鎮座し、中姫村の産土神として崇敬されてきたという。

伝承によれば、武内宿禰の裔である紀氏が、この地を開拓して定住し、紀氏が尊崇した社だという。

江戸時代になり、寛永年間(1624年-1645年)、平田氏により大野原八幡宮が鎮座すると、当社との間に境界争いが起きた。

結局は丸亀藩の裁定を仰ぐことになり、境石を建て、紛争を解決した。ただし、戦後の宗教法人化に伴い、当社は中姫八幡神社に所属することになった。

現在も、中姫村により、当社の祭祀が運営されている。例祭は10月18日-20日。

現在は大野原八幡宮に所属する椀貸塚との関わりが深い社だと思われる。椀貸塚古墳は、大野原古墳群に属する大型の円墳。

墳丘の周囲をめぐる二重周濠の存在が確認されており、四国・中国地方では唯一の遺構とされる。墳丘規模は直径37.2メートル、高さ約10メートル。6世紀末頃のもの。

なお、式内社「於神社」の論社は他に、市内粟井町上野に鎮座する於神社がある。また、大和国広瀬郡にも同名の式内社があり、於神社廣瀬大社の境内摂社である水分神社が論社。

大和国広瀬郡の式内社には讃岐神社もあり、当社や当地との関わりが指摘される。

【ご利益】
厄災除け、五穀豊穣、地域安全
応神社(観音寺市) - 椀貸塚の東腹に鎮座、江戸期に大野原八幡宮が創建されて境界争い
【関連記事】
香川県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、香川県に鎮座している神社の一覧