平安期の建立、室町期に道智道、日本七大霊場の一つに
[住所]山形県西村山郡西川町大井沢中村
[電話]0237-74-2111

湯殿山神社(ゆどのさんじんじゃ)は、山形県西村山郡西川町大井沢中村にある神社。大井沢湯殿山神社、大日寺跡湯殿山神社とも。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『妙学坊文書』によると、大日寺は、平安時代の天長年間(824年-834年)に弘法大師空海によって建立されたという。

その後荒廃し、無住寺となっていたが、室町時代の応永年間(1394年-1428年)に道智という僧が「道智道」を開削して中興の祖となった。

道智道の行程は、白鷹町黒鴨-茎の峯峠-朝日町ぶな峠-大江町古寺(千眼寺南光院)-地蔵峠-西川町大井沢(大日寺)。

これにより、大日寺は置賜および、南東北・関東地方から出羽三山詣でへと向かう行者の玄関口となり、大いに栄えることとなった。

出羽三山は女人禁制であったことから、女性行者は大日寺までしか行けず、ここで参詣を行い、男性行者は通行手形を受け取り、ここから出羽三山への登拝を行った。

さらにその後、戦国時代の天文7年(1538年)に、勢真によって再興され、湯殿山派別当寺4ヶ寺の1寺として、羽黒修験道の拠点となった。

他の3寺は、鶴岡市大網の大日坊と注連寺、西川町本道寺の本道寺(現 口之宮湯殿山神社)である。

大日寺の最盛期は江戸時代。延宝2年(1674年)の大火で伽藍が焼失したが、亮海によって再興され、貞享元年(1684年)に勅命により、国家鎮護玉体安穏の祈願寺となった。

これ以降、江戸の誕生院から280匁の大鐘が奉納されるなどして寺勢が強まった。大日寺は、霊験あらたかな「日本七大霊場」の1ヶ所にも数えられた。

大日寺を発って出羽三山へと向かう行者の列は、「湯殿まで笠の波打つ大井沢」と詠まれるほどで、当時の伽藍は6軒7坊を数え、大井沢には26坊もの宿坊があった。

明治元年(1868年)の神仏分離令により、神仏習合であった大日寺は寺号を廃し、神社となった。御祭神は、大山祇神大己貴命少彦名命

これにより、本尊であった大日如来・阿弥陀如来・観世音菩薩の3像を米沢市小野川の宝珠寺に、地蔵菩薩像を当時の大井沢村長に譲った。

明治36年(1904年)に再び火災が発生し、絢爛な伽藍は仁王門、山王堂、鐘楼を残して全て焼失した。

境内には、鳥居・仁王門・山王堂・社殿・社務所・湯殿山板碑・大イチョウなどがあり、往時の伽藍の台座が残され、寺院の大きさを偲ぶことができる。

例祭は9月第2土・日曜日で、例大祭「大井沢秋まつり」。地域の人々や出羽三山の行者による神輿や、柴灯護摩(火渡り)の神事が行われる。

柴灯護摩では、神社の神事ではあるが、行者が詠唱する般若心経が響き渡り、修験道の拠点であった歴史を偲ぶことができる。

道智道は現在、茎の峯峠が廃道化するなどして踏破することは不可能だが、黒鴨林道、西五百川林道、真室川小国大規模林道を経由することで、黒鴨から大井沢まで、車による通り抜けが可能である。

【ご利益】
厄災除け、身体壮健、病気平癒
湯殿山神社(西川町大井沢) - 平安期の建立、室町期に道智道、日本七大霊場の一つに
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湯殿山神社(西川町大井沢)の御朱印