鎌倉期の創建、江戸初期の社殿が重文、悪魔払いの獅子舞・鳥越神楽
[住所]山形県新庄市鳥越1224
[電話]0233-22-0646

鳥越八幡神社(とりごえはちまんじんじゃ)は、山形県新庄市鳥越にある神社。近代社格では郷社。正式名称は八幡神社のみ。鳥越八幡宮とも。御朱印の有無は不明。

社伝によれば、鎌倉時代の寛喜元年(1229年)に鳥越義宣が相模国から鶴岡八幡宮を勧請、これを「新八幡宮」と称したことに始まる。

御祭神は応神天皇。当初は荒小屋(現 新庄市北部)に祀られていた。

初代新庄藩主戸沢政盛の養子となった戸沢定盛が、荒小屋で鷹狩りを行った際、愛鷹が行方不明になったのを悲しんで八幡宮に戻ってくるよう祈願。

すると、鷹が定盛のもとに舞い戻ったため、その神威に感じ入った定盛が寛永15年(1638年)に鳥越の地に社殿を建立して遷座、以降代々の藩主に崇敬された。

なお、鳥越は羽州街道に沿った、新庄城下に入る手前に位置する地で、源義経の東下りの経路にも当たっている。

中世には土豪により鳥越楯が築かれた場所で、鳥越楯跡とも。また、元宮である荒小屋の八幡宮は、現在も荒小屋地区に小さな祠として存在している。

本殿は、定盛が寛永15年に建立したものが現存し、市最古の建造物で、現在は国の重要文化財に指定されている。

また拝殿は、2代藩主戸沢正誠による元禄4年(1691年)の建立で、桁行3間梁間2間、入母屋造平入、銅板葺。やはり国の重要文化財。

明治6年(1873年)に郷社に列した。

例祭は8月15日で、市の無形民俗文化財に指定あれている鳥越神楽が奉納される。鳥越地区に伝わる二人立ちの獅子舞で、伊勢神楽の系統をひく太神楽とされている。

当時、猛威をふるっていた流行病を獅子舞で鎮めたとされ、かつては正月と田植えの5月、稲刈り後の9月に地区の各家を回って家内安全・五穀豊穣の悪魔払いを行った。

演目は「福舞」「長獅子」がある。起源については不明だが、地元では悪魔払いと呼んでいる。

正面の「八幡宮」と記された献額は、第112代霊元天皇の皇子である済深法親王が揮毫した写し。

建物の内部にも三将軍(内藤新一郎中将・瀬川章友中将・小磯国昭大将)の書跡や狩野休山、狩野松林、藤原惇信などが描いた絵馬が奉納されている。

境内社に、七所明神社があり、応神天皇の第2皇子である大山守命の左手が祀られているという。また、青麻神社もある。

神社横の階段を上ると広場になっており、農民劇の土舞台がある。 宮沢賢治の指南で 農民劇が始められたという。

【ご利益】
厄災除け・病魔退散・家内安全・五穀豊穣
鳥越八幡神社 - 鎌倉期の創建、江戸初期の社殿が重文、悪魔払いの獅子舞・鳥越神楽
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