もとは荒雄岳山頂鎮座の式内社、境内に明治天皇愛馬を祀る
荒雄川神社(宮城県大崎市鳴子温泉鬼首久瀬3)
[住所]宮城県大崎市鳴子温泉鬼首久瀬3
[電話]0229-84-7293

荒雄川神社(あらおがわじんじゃ)は、宮城県大崎市鳴子温泉鬼首にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「荒雄河神社(陸奥国・玉造郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では村社。

創建は不詳である。標高984メートルの荒雄岳の山頂には雄石・雌石という二つの大石があり、その下から荒雄川の源泉となる水が湧き出ているという。

その大石を「大物忌石」「大物忌神」と呼称し、社殿を建てて祀ったと伝わる。岩出山池月の荒雄川神社と対の関係で、同社が里宮に対して、当社は「嶽宮(奥の宮・奥宮)」と呼ばれる。

社伝や由緒によれば、もとは荒雄河神社と称し、荒雄岳の水神峠付近に江合川(荒雄川)の水源があり、水神として大物忌神を奉斎したという。

主祭神は、大物忌命。一般に大物忌神といえば、鳥海山大物忌神社の御祭神を指す場合が多い。現在は、素盞鳴命誉田別命軻遇突智命大山祇神日本武尊を配祀する。例祭は9月9日。

荒雄川流域にも、大物忌神の神霊を祀る三十六ヶ所の神社が建てられた。これらは寛保3年(1743年)に岩出山池月の同名神社に合祀された。

その後、羽黒派修験の道場となったが、時代とともに荒廃したため、明治5年(1872年)に現在の鎮座地へ遷座した。

明治8年(1875年)5月に村社に列し、大正10年(1921年)2月15日に神饌弊帛料供進神社に指定された。

なお、当地は玉造郡から栗原郡へ変わった地にあたり、当社を栗原郡の式内社「遠流志別石神社」とする説もある。

ただし、これはあくまでも参考とされ、基本的には登米市石越町の式内同名神社に比定されている。また、他の参考社に、栗原市築館の白山神社がある。

境内社に、主馬神社(金華山号)・雷神社(大雷神)・八幡神社(誉田別命)がある。

主馬神社は、明治天皇の御料馬である金華山号を祀る。

金華山号は明治2年(1869年)、鬼首の生まれ。明治9年(1876年)の明治天皇の奥羽地方巡幸の際、天皇の目に止まり御料馬に召し上げられた。

他の供奉の馬が砲声に恐れ慄き逃げ出そうとしている中、金華山号だけが泰然として何事もなかったかのように歩いた、明治天皇が騎乗する時は前脚をひざまづき、体を低くかまえた、などと伝わる名馬。

明治28年(1895年)に老衰で死去。金華山号を特に寵愛した明治天皇の意向により、剥製にされ、現在は明治神宮外苑にある聖徳記念絵画館に安置されている。

明治34年(1901年)にケヤキ材を用いて等身大の金華山号の木像が制作され、同社に御神体として納められた。毎年9月9日・10日に行われる例祭の時だけ開帳される。

【ご利益】
身体壮健、健康長寿、厄災除け
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