平安前期に宇佐を勧請、歴代武将の崇敬、5月に神輿渡御
[住所]福岡県行橋市神田町8-1
[電話]0930-22-0943

正八幡神社(しょうはちまんじんじゃ)は、福岡県行橋市神田町にある神社。正八幡宮とも。近代社格では郷社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

平安時代前期の貞観2年(860年)に国司の一人であった従五位上行豊前守文屋真人益善が宇佐宮の託宣により創建した。

主祭神は応神天皇、配神には神功皇后・比売大神(宗像三女神)を祀る。

南北朝時代後期の正平22年(1367年)、菊地武重は苅田浦滞陣の際に当社に参拝し、戦捷祈願した。

応安7年(1374年)3月、征西大将軍懐良親王が小倉に滞陣中、参代として名和長秋を遣わし、御神前に純金銘入りの御神刀を奉納して戦捷を祈願した。

その御神刀は現在も神納されている。

江戸時代初期の慶長6年(1601年)、豊前小倉藩初代藩主細川忠興は、領内安堵のために参拝祈願し、旧大橋の神田を社領地として寄進した。

次いで元和2年(1616年)に祈願成就の報賽として御神鏡を一面奉納した。寛永元年(1624年)春、現在地に遷座した。

豊前小倉藩初代藩主小笠原忠真は寛永9年(1632年)に当社を参拝。旧仲津郡の大社正八幡大神宮と崇めた。

江戸時代中期の宝暦11年(1761年)、4代藩主小笠原忠総は神輿2基を奉納、当時から今に至るまで、渡御に使用されている。

江戸時代後期の寛政3年(1791年)に郡内で旱魃悪疫が流行した際、5代藩主小笠原忠苗は数日間参籠して豊前六郡の安寧を祈願した。

旧社殿は昭和12年(1937年)までその面影を残していたが、翌年の昭和13年(1938年)、老朽化に伴って新築された。

平成10年(1998年)に、御遷座350年記念事業として、屋根葺き替え・社務所新築などの造営がなされ、今に至っている。

例祭は8月第4日曜日で、創建日にちなむ。毎年5月3日・4日に斎行される神幸祭では神輿渡御があり、氏子区域を練り歩く。

10月第1土曜日には、毎年全国各地から参加者が集まり、当社を出発点とし、別府市的ヶ浜公園までの100キロの道のりを歩くウォーキングイベントがある。

12月第1日曜日に、氏子崇敬者約100名が集まり、拝殿大しめ縄の掛け替えが行われる。6月第2日曜日が献茶祭で、献茶神事の後に、参拝者にお茶席接待を行う。

2月の節分祭では、巨大なお多福門が設置される。

境内社に、八重垣社・厄稲荷神社・菅原神社・恵比寿社・豊前坊社・弁財天社・宮地獄神社・歳徳神十二社・御井社・などがある。

また、御神木などの他、古の狛犬などが境内に安置されている。

なお、市内行事に同名の神社がある。寛永年間(1624年-1645年)に行事を勧請して当社が創建されたという説がある。

【ご利益】
武運長久・勝運、病魔退散、病気平癒、健康長寿(公式HP
正八幡神社(行橋市神田町) - 平安前期に宇佐を勧請、歴代武将の崇敬、5月に神輿渡御
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正八幡神社(行橋市神田町)の御朱印