木曽御嶽山、奈良期の創建、江戸期に御嶽講が爆発的普及、勅使が登拝も
[住所]長野県木曽郡王滝村3315
[電話]0264-48-2660

王滝御嶽神社(おうたきおんたけじんじゃ)は、長野県木曽郡王滝村にある神社。近代社格では県社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

王滝口御嶽神社(おうたきぐちおんたけじんじゃ)、御嶽神社王滝口(おんたけじんじゃおうたきぐち)、木曽御嶽神社とも。木曽御嶽山への山岳信仰に基づく神社。

一合目の里宮、四合目下の十二大権現、五合目の八海山神社、七合目・三笠山頂上の三笠山神社、七合目の田ノ原大黒天、頂上奥社の各社殿からなる。

主祭神は、国常立尊大己貴命少彦名命。里宮と頂上奥社は主祭神を祀り、十二大権現は木花開耶姫命、八海山神社は国狭槌尊、三笠山神社は豊斟停尊、田ノ原大黒天は大国主命を祀る。

伝承によれば、木曽御嶽山頂上奥社は奈良時代の大宝2年(702年)、信濃国司高根道基が創建した。

宝亀5年(744年)、光仁天皇の治世、信濃国司石川朝臣望足が勅命を奉じ、木曽御嶽山へ登山し、悪疫退散を祈願したという。

平安時代に入り、延長3年(925年)、白川少将重頼が木曽御嶽山へ登山し、神殿を再建。応保元年(1161年)には後白河上皇の勅使が木曽御嶽山を登山参拝している。

一合目里宮社は室町時代から戦国時代にかけて、文明16年(1484年)に再建、文亀3年(1503年)に再興と記録にある。

江戸時代になり、寛文4年(1664年)には木曽代官山村良豊が里宮社殿を再建。

天明2年(1782年)に覚明行者が木曽御嶽山黒沢口登山道を、寛政4年(1792年)に普寛行者が木曽御嶽山王滝口登山道をそれぞれ開き、講社を作り、軽精進潔斎による木曽御嶽山登山を奨励した。

このことにより、御嶽講(山岳信仰・講)が全国的に広まり、今日に至り、御嶽教の信者の参拝が絶えない。

日本海軍の軽巡洋艦「木曽」の艦内神社に分祀。第二次世界大戦中に活躍した日本海軍の艦艇を擬人化したキャラクタである艦娘(かんむす)を強化・育成、正体不明の敵艦を撃破していくゲーム・アニメ『艦これ』ゆかり。

例祭は7月27日・28日。頂上奥社開山祭が7月10日、閉山祭が9月初旬。11月23日に里宮で秋祭がある。講祖と呼ばれる普寛行者・覚明行者の本社祭が9月10日。

なお、木曽御嶽山は、平成26年(2014年)9月27日、登山者ら58名が死亡するという、日本における戦後最悪の火山災害となった噴火が起きた。

【ご利益】
身体壮健、病気平癒、病魔退散、健康長寿(公式HP
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王滝御嶽神社の御朱印
木曾 - Wikipedia
『艦これ』木曽