多治比氏の氏神、江戸期に郡違いで式内論争、その後式内比定経て藩祈願所に
周敷神社(愛媛県西条市周布1532)
[住所]愛媛県西条市周布1532
[電話]0898-68-6362

周敷神社(すふじんじゃ)は、愛媛県西条市周布にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 南海道神 伊予国 桑村郡「周敷神社」に比定される式内社(小社)の論社。近代社格では県社

奈良時代の天平宝字8年(764年)、多治比連真国ら10人に周敷連の姓が賜わり、ついで真国ら21人に周敷伊佐世利宿禰の姓が賜われる。

この一族が先祖の神を氏神として祀ったのが当社だとされる。主祭神は火明命、配神は大山祇命大己貴命。神主の伊佐芹家は、周敷伊佐世利宿禰に連なるものだとされる。

古代の郡家も、周敷駅も、この付近にあったと考えられる。一帯は湧泉が多く、早くから稲作が行われ、周敷郡の政治産業の中心として栄えていたようだ。

平安時代の仁寿元年(851年)正月に正六位上に、南北朝時代の永徳元年(1381年)2月に正四位上に叙されるが、天正13年(1585年)の兵火で社記・宝物などが全焼したので、詳細は不詳。

江戸時代になり、寛文10年(1670年)、西条藩松平家初代藩主松平頼純が入国の際、当社が周敷郡の鎮座で、桑村郡ではないことから、延喜式内社なのかどうか、疑義が生じた。

元禄8年(1695年)と宝永2年(1705年)など何度か調査されたが、確認できなかったという。なお、元禄5年(1692年)、現存の本殿が建立され、現在では市指定文化財になっている。

享保5年(1720年)、国安の周敷神社、宮内の宮内神社、円海寺の保内八幡宮などが式内社「周敷神社」であると主張し、論争となったが、享保7年(1722年)には一応当社に比定された。

式内比定を待つように、享保7年に藩の祈願所六社の一つに加えられ、藩主の代参、神田の寄進があった。

明治5年(1872年)5月に郷社に列し、明治14年(1881年)3月には県社に昇格した。もとは萬代講、永代講があったが中止されている。

例祭は10月15日・16日。社宝には、延喜式弁疑、松平頼安の寄進状、一柳直卿の社号、掛軸などがある。

なお、式内社「周敷神社」の論社は他に、国安の周敷神社・藤原神社合殿、円海寺の保内八幡神社の境内社、宮ノ内の宮内神社がある。

【ご利益】
一族・子孫繁栄、家内安全、病気平癒
周敷神社 - 多治比氏の氏神、江戸期に郡違いで式内論争、その後式内比定経て藩祈願所に
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周敷神社の御朱印