ヤマトタケルがオトタチバナの遺志を継いで創祀、清い風が常に吹く風の神
[住所]千葉県市原市島野1129
[電話]0436-21-2522

島穴神社(しまあなじんじゃ)は、千葉県市原市島野にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 東海道神 上総国 海上郡「嶋穴神社」に比定される式内社(小社)。近代社格では県社

主祭神は志那都比古尊(しなつひこのみこと)。日本武尊(やまとたけるのみこと)と倭比売尊(やまとひめのみこと)を配祀する。

第12代景行天皇の御世、日本武尊が東征の際、走水の海(浦賀水道)で暴風雨に遭ったが、妃の弟橘姫の犠牲によって上総に上陸することができた(『古事記』該当部分)。

社伝では、その時、弟橘姫が大和国の龍田大社の神に、無事に上総まで航行させてくれるのなら風鎮めの神を祀ると祈ったので、日本武尊はその遺志に従いこの地に志那都比古尊を祀ったと伝える。

日本武尊の歿後の景行天皇57年、景行天皇は日本武尊東征の縁の地を歴訪し、当社に日本武尊命・倭比売尊を合祀した。景行天皇の行幸に関しては、東総御神幸三社などとも共通している。

北方約200メートル、線路を挟んだ地に旧社地が所在する。林の中に深い穴があってそこから清い風が常に吹いていることから、風の神とともに社号が定着した。

『日本三代実録』によれば、元慶元年(877年)5月17日、島穴神が従五位上勲五等から正五位下勲五等となった。

かつては姉埼神社と深い関係にあり、当社では、当社御祭神を姉埼神社御祭神の支那斗弁命の夫もしくは弟であるとし、神輿が両社を行き来していた。

現在も拝殿前には陸奥白河藩第3代藩主松平定信(1759年-1829年)の筆による「嶌穴神社」の額がかかる。

明治6年(1873年)に郷社に列格し、明治12年(1879年)、県社に昇格した。例祭は7月25日。境内右手に神饌田があり、毎年5月にお田植祭、9月に抜穂祭が行われる。

摂末社に、疱瘡神社、第六天神社(面足尊惶根尊)、道祖神社、八雲神社、浅間神社(富士塚)などが鎮座する。

【ご利益】
水難除け、厄災除け、諸願成就
島穴神社 - ヤマトタケルがオトタチバナの遺志を継いで創祀、清い風が常に吹く風の神
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島穴神社の御朱印