出雲神話の根幹の一つ、オオクニヌシ正妻スセリ姫の生誕地近くの式内古社
那売佐神社(島根県出雲市東神西町720)
[住所]島根県出雲市東神西町720
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那売佐神社(なめさじんじゃ)は、島根県出雲市東神西町にある神社。御朱印の有無は不明。 『延喜式神名帳』にある「那賣佐神社(出雲国・神門郡)」に比定される式内社(小社)。近代社格では郷社。

神西湖の南東にある高倉山のふもとに鎮座する。御祭神は葦原醜男命(大国主命の別名)・須勢理姫命。後述のように、『古事記』『出雲国風土記』などに記載された説話の舞台となっており、出雲神話の根幹の一つとも言える。

『出雲国風土記』神門郡条に在神祇官社の「奈賣佐社」と「那賣佐社」の2社が記載されている。『延喜式神名帳』出雲国神門郡には「那賣佐神社」と「同社坐和加須西利比売神社」の2社の記載がある。

『出雲国風土記』神門郡滑狭郷条によれば、所造天下大神(=大国主命)が和加須世理比売命(=須勢理姫命)のところへ妻問いに行った時、社の前に磐石があり、表面が滑らかだったことから、大神が「滑磐石(なめしいわ)なるかも」と言い、それが郷名の由来となった。

この説話に登場する「滑磐石」に比定されるのが現社地の近くを流れる九景川(十間川水系)の渓谷にある甌穴「岩坪」。この付近に旧社地があると考えられ、近くには岩坪明神の祠が置かれている。

岩坪は須勢理姫命が生誕時に産湯を使ったという地元の伝承がある。オオクニヌシ正妻の生誕地として、パワースポットとして紹介される場合がある。

ちなみに、オオクニヌシの祖先(あるいは父)で義父であるスサノヲ(須勢理姫命の父)の妻クシナダの生誕地は仁多郡奥出雲町の稲田神社とされる。

天和3年(1683年)に成立した『出雲風土記鈔』には俗に「岩坪大明神」と呼ばれていると記されている。享保2年(1717年)に成立した『雲陽誌』には「高倉明神」という社名で、俗に「岩坪明神」と呼ぶと記載されている。

永禄5年(1562年)の当社の棟札から室町時代後期にはすでに旧社地の岩坪から現社地に移転していたものとみられる。

『雲陽誌』には「波加佐社奈売佐社あり」と記載されていることから、『出雲国風土記』不在神祇官社の「波加佐社」の一つを合祀した可能性がある。

明治5年(1872年)に郷社に列格した。例祭は4月23日。

境外社に神西八幡宮(東神西町中組)と、貴船神社(東神西町高岩と井内の2箇所にある)がある。境内の脇から登山道を上がると山頂の神西城祉まで行ける。

『古事記』にある、第11代垂仁天皇の皇子ホムチワケの不思議な説話に登場してくる「出雲之石𥑎之曾宮」は出雲大社を指すとする説が有力ではあるが、当社に比定する説がある(『古事記』該当部分)。

【ご利益】
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