壱岐氏の祖神・月読命、同神3柱を祀る、京都月読神社の元宮とも
[住所]長崎県壱岐市芦辺町国分東触464
[電話]0920-45-4145

月讀神社(つきよみじんじゃ、月読神社)は、長崎県壱岐市芦辺町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 西海道神 壱岐国 壱岐郡「月読神社」に比定される式内社(名神大社)の参考社。近代社格では無格社。

御祭神は、月夜見命・月弓命・月読命の3柱を祀る。いずれも同神で、古くは「山の神」と称されていた。例祭は10月23日。壱岐神楽が伝わる。

延宝(1671年)以前の由緒来歴は不明。延宝4年(1676年)に平戸藩の命を受けて壱岐島の式内社の調査を行った橘三喜が当社を式内名神大社「月読神社」に比定した。

同年6月1日に藩主松浦鎮信により石祠と御神体として木鏡1面が奉納された。

それ以後しばらくは式内社とされたが、それ以前は特段の祭祀設備もなく、単に「山の神」と称されるのみであったという。

三喜が式内社と認定したのは鎮座地が「清月(きよつき)」と呼ばれていたからであった。

しかし、別に「ふかつき」とも呼ばれ、その語源は「ふかふち」であると見られ、現在はこの三喜の判断には疑問が持たれることが多い。

式内社「月読神社」は、箱崎八幡神社とされることが多い。ただし、当社自身では、式内名神大社であり、後述の『日本書紀』記載社であるとしている。

神功皇后が三韓征伐の際に腹に当てて出産を遅らせたとされる石、月延石のうちの一つが奉納されているとされるが、現在所在不明。

古来はかなりの社格を持った神社だとされているが、長い間忘れ去られていて、現在氏子など地元住民や島外の崇敬者によって、社殿などの整備が行われている。

式内社かどうかはあくまでも学問上のことであり、壱岐の観光パンフレットには必ず記載される名社となっていることは間違いない。

なお、式内社「月読神社」に関しては、『日本書紀』顕宗天皇紀に、顕宗天皇3年(487年)、阿閉臣事代が任那に使いに出された。

その時、壱岐島で月神が憑りついて宣託をしたので天皇に奏上し、壱岐島から月神を勧請して山城国葛野郡歌荒樔田の地に葛野坐月読神社を創建したとある。

現在の京都松尾大社の摂社である月読神社である。

当社の御祭神の子孫が押見宿禰で、壱岐氏(壱岐県主)の遠祖である。

当社の下の鳥居から西方面(湯之本方面)に約500メートルの所にある壱岐国七社の一社・國片主神社の拝殿が、壱岐氏の居館跡とされている。

【ご利益】
安産・健康・病気平癒、航海安全・大漁、商売繁盛(公式HP
月讀神社(壱岐市) - 壱岐氏の祖神・月読命、同神3柱を祀る、京都月読神社の元宮とも
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月讀神社(壱岐市)の御朱印