「身代わり」のご利益、撫で牛は病気平癒や知恵、長崎市の梅の名所
[住所]長崎県長崎市丸山町2-20
[電話]095-829-1314

梅園身代り天満宮(うめぞのみがわりてんまんぐう)は、長崎県長崎市丸山町にある神社。菅原道真を祀る天満宮の一つ。御朱印の有無は不明。境内には現在、15本の梅の木があり、2月中旬頃に見頃を迎える。

身代り天神として知られる。元禄13年(1700年)、丸山町乙名安田治右衛門によって創建され、以降丸山町の氏神として崇敬されている。

元禄6年(1693年)、安田治右衛門が二重門(現 丸山交番附近)にて梅野五郎左衛門に襲われ、左脇腹を槍で刺された。しかしどこにも傷がなかった。

その代わりに自邸の祠の天神像が左脇腹から血を流していたという。この天神を身代り天神と呼ぶようになったのが当社そのものの創祀となる。

明和・安永年間(1764年-1781年)より、この地は長崎奉行の許しにより芝居や見世物、相撲などの興行が行われるようになる。また、花街に接していることから、遊女や芸者の参拝も多かった。

特に丸山の遊女たちはこの身代りを「みだい」と呼び、自分の生活に苦労がないことを願ったと言われる。今も境内に残る梅塚・梅の玉垣がその名残をとどめている。

大正から昭和初期にかけて、なかにし礼の小説『長崎ぶらぶら節』の主人公である長崎芸妓の名を全国的に広めた愛八もよく参拝していたという。境内には『長崎ぶらぶら節』の文学碑がある。

第二次大戦中、丸山町の出征を命ぜられた者は必ず参拝したと言われ、御神徳を受けて、すべて無事に帰還したと伝わる。

本殿向かって左側の狛犬は歯痛狛犬で、虫歯のある人がこの狛犬に飴を食べさせると痛みが治まると伝えられている。現在も口の中には飴が大量に詰め込まれている。

当社の撫で牛は、氏子である楠本氏によって、大正12年(1923年)に青銅製のものが奉納された。第二次大戦により供出。その後、昭和27年(1952年)・昭和41年(1966年)に二体奉納された。

この御神牛と自分の身体をお互いに撫でさすれば身体健全、病気全快するといわれ、頭部を撫でると知恵がつくとされている。

例祭は11月第2日曜日で、天満宮祭。2月3日に節分祭がある。境内社に稲荷社(御祭神:宇賀御魂神)がある。

【ご利益】
身代り・厄災除け、病気平癒、家内安全・財運
梅園身代り天満宮 - 「身代わり」のご利益、撫で牛は病気平癒や知恵、長崎市の梅の名所
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