源頼朝が奥州征伐の際に八幡神を合祀、3年に一度の神輿と5年に1度の流鏑馬
[住所]東京都杉並区善福寺1-33-1
[電話]03-3399-8133

井草八幡宮(いぐさはちまんぐう)は、東京都杉並区善福寺にある神社。青梅街道沿い、早稲田通り沿いにある。近代社格では郷社、現在は神社本庁の別表神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

縄文期から人々が生活していたこの地に神が祀られ、神社としての形態をととのえたのは平安時代末期といわれている。当初は春日神を祀っており、源頼朝が奥州討伐の折、八幡神を合祀して戦勝を祈願、後年春日社を末社として奉斎するようになった。

御祭神は八幡大神(やはたのおおかみ)、応神天皇

文明9年(1477年)には太田道灌が石神井城の豊島氏を攻むるに当たり、戦勝祈願をしたと伝えられている。

江戸期になり、三代将軍徳川家光は、寺社奉行井上正利に命じて社殿を造営、 慶安2年(1649年)に朱印領六石を寄進している。

以降幕末まで歴代将軍から朱印地の寄進があった。その頃、氏子崇敬者により、石燈篭、石鳥居、狛犬、手水盤などが奉献されている。

明治以降も氏子崇敬者によって社殿の改修や増築が繰り返され、同時に植林も行われた。現在、都内でも有数の広大な社叢を誇る。この地域一帯は遅野井とも称され、明治期までは遅野井八幡宮とも呼ばれていた。

頼朝が文治5年(1189年)に起請して霊験を得、手植し奉献したと伝えられる老松である天然記念物「井草八幡の松」(高さ約40メートル)があったが、1973年(昭和48年)に枯れてしまった。現在その樹根の一部が当社回廊に飾られている。

顔面把手付釣手形土器が国の重要文化財に指定されている。境内の文華殿と呼ばれる展示場で、例祭期間の3日間、無料で見学できる。

例祭は10月1日。前日が宵宮祭、翌日に様々な行事が行われる。3年に一度、神輿が氏子区域を渡御する神幸祭が斎行され、5年に一度参道にて古式ゆかしく流鏑馬神事が行われる。その他の年には神輿を担ぐ青梅街道渡御が斎行される。

次回の神幸祭と流鏑馬神事はともに2017年で、15年に一度の二つの神事が同時に斎行される記念の年となる。

前回の流鏑馬神事の斎行を記念して、源頼朝の故事「遅ノ井」伝説をあしらったオリジナルの御朱印帳が制作された。

【ご利益】
勝運、武運長久、厄除け、家内安全、交通安全など(公式HP
井草八幡宮 - 源頼朝が奥州征伐の際に八幡神を合祀、3年に一度の神輿と5年に1度の流鏑馬
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井草八幡宮の御朱印