山幸彦が竜宮城から戻った地、縁結びのご利益と、南国風の御朱印帳が人気
[住所]宮崎県宮崎市青島2-13-1
[電話]0985-65-1262

青島神社(あおしまじんじゃ)は、宮崎県宮崎市青島にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。南国風の、あまり他では見られないオリジナルの御朱印帳があり、人気がある。

国の特別天然記念物に指定されている青島の、ほぼ中央に鎮座し、周囲1.5キロの青島全島を境内地とする。近代社格では村社、現在は神社本庁の別表神社

御祭神は、天津日高彦火火出見命(あまつひだかひこほほでみのみこと。彦火火出見命とも、いわゆる山幸彦)とその妃神である豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、そして塩筒大神(しおづつのおおかみ)を祀る。

いずれも山幸海幸神話にちなむ神で、縁結び、安産、航海安全の神として信仰を集めている。

社伝によれば、山幸海幸神話で、彦火火出見命が海神宮(わたつみのみや=竜宮城)から帰還した際に青島に上陸して宮を営んだため、その宮跡に命と上記2柱の神を祀ったのに始まる。

寛文2年(1662年)の大地震で旧記古文書類を失ったために創祀の古伝は不詳な部分が多いという。

神社の旧記によれば、平安時代の日向国の国司の巡視記とされる『日向土産』なる書に「嵯峨天皇の御宇に奉崇(あがめまつる)青島大明神」と記され、当時すでに崇敬されていたと伝える。

その後文亀3年(1503年)に伊東尹祐によって再興されて以降、伊東氏の篤い崇敬を受けた。

その崇敬のもとで、大永3年(1523年)、天正6年(1578年)、貞享4年(1687年)、寛保2年(1742年)、明和4年(1767年)、文化5年(1808年)と6度にわたる社殿の造営・改修や、境内の保全事業が行われた。

また、飫肥藩時代は藩士の中で土器(かわらけ)格の者1人を島奉行に任じ、島内の樹林や磯辺を監守させた他、牛馬を渡島させたり発砲を禁じたりと一切の汚穢を警戒させていた。

元文2年(1737年)まで、入島は神職と島奉行のみに限られ、村民は対岸の尖浜(現 青島海水浴場)に拝所を設けて遙拝していたが、当時の神主であった長友肥後が藩主に解禁を申請し、以来一般人の渡島参詣が可能になった。

明治4年(1871年)、村社に列し、戦後は神社本庁の別表神社に指定された。

例祭は10月18日、秋祭。それ以外に春・夏・冬にそれぞれ祭がある。

春祭は旧暦3月16日で島開き祭。旧暦3月末日が「島成就」と呼ばれ、かつて、この半月は一般の入島を禁じる島止祭が行われていた。

夏祭は旧暦6月17・18日で、対岸の折生迫まで神輿の渡御が行われる。昭和23年(1948年)から海上渡御も行うようになった。

成人の日に冬祭で、彦火々出見命が海宮から帰還した際に、村人が服を着る暇もなく出迎えたという故事にちなむ祭り。

境内社として、本来の社地であったと伝えられる元宮、日向之国七福神霊場の中の一柱である弁財天(別途御朱印あり)、海積神社(豊玉彦命少彦名命)、石神社(彦火瓊瓊杵命木花咲屋姫命磐長姫命)、御祖神社、恵比寿神がある。

プロ野球の巨人軍、読売ジャイアンツが毎年春季キャンプの際、必勝祈願する神社としても知られている。

なお、当社は進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載されている。

【ご利益】
縁結び・安産・航海・交通安全(公式HP
青島神社
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青島神社の御朱印