室町期の記録、伝承は天慶年間までさかのぼる江戸初期の本殿と大ケヤキ
溝延八幡宮(山形県西村山郡河北町大字溝延字八幡小路5864)
[住所]山形県西村山郡河北町大字溝延字八幡小路5864
[電話]0237-72-2934

溝延八幡宮(みぞのべはちまんじゃんしゃ)は、山形県西村山郡河北町にある神社。県の有形文化財に指定されている本殿や、県の天然記念物である樹齢700年と言われる大ケヤキが有名。御朱印の有無は不明。

縁起によると天慶年間(938年-947年)の創建とも、源頼義・義家父子による崇敬(おそらく寛治年間(1087年-1094年))などとも伝わる。

これらの伝承は伝説として一蹴される傾向にあるようだが、根拠は現在の社地が、大江氏が南北朝時代に溝延城を築いた時、縄張りされたものと考えられていることによる。

しかし、信仰がそれに左右されると考えるのは根拠が薄弱であり、往古は併記されてきた近隣の寒河江八幡宮谷地八幡宮などがいずれも源頼義・義家父子との関わりがあることから考えると、無碍にはできない伝承と言える。

かつて溝延八幡の神宮寺だった本尊阿弥陀如来の厨子に「奉造立溝延八幡宮大菩薩 願主大江義信朝臣」とあって至徳2年(1385年)が記されている。この頃を当社や神宮寺が整備された時期とする見方が有力だが、信仰はそのような一朝一夕のものではない。

寒河江八幡宮、谷地八幡宮とともに寒河江荘三八幡の一社。江戸期には相当な信仰を集めたことが考えられる。

本殿は、棟札によると、寛文7年(1667年)6月の建立で、一間社流造の秀作とされている。桁行一間(7尺5寸)、梁間一間(6尺)で、正面に向拝が付いている。

軸部の構造、組物、軒、蟇股、妻飾、向拝の虹梁などが秀逸。江戸時代前期の丁寧な建造物であることを間違いない。三八幡の現存するもので、最も古い社殿とされる。

樹齢700年の境内の「大けやき」は根周り11メートル、高さ30メートルにもおよぶ巨樹。

8月30日に例祭が行われ、なかでも、古式ゆかしく奏でられる倭楽には定評がある。

【ご利益】
厄祓い、家内安全、リフレッシュ
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