『曽根崎心中』の舞台である通称「お初天神」、夏祭や二人の慰霊祭も
[住所]大阪府大阪市北区曾根崎2-5-4
[電話]06-6311-0895

露天神社(つゆのてんじんじゃ)は、大阪府大阪市北区曾根崎にある神社。近代社格では村社。梅田・曾根崎の総鎮守。菅公聖蹟二十五拝の第11番。通称は「お初天神」。

参拝すれば、御朱印を頂ける。人形浄瑠璃『曽根崎心中』の発祥であり、それをあしらったオリジナル御朱印帳がある。

御祭神は大己貴大神(おおなむちのみこと)、少彦名大神天照皇大神豊受姫大神菅原道真の五柱。

社伝によれば、この地はかつて曾根崎洲という大阪湾に浮ぶ孤島で、そこに「住吉住地曾根神」と祀っていたとされる。創建は700年頃とされ、「難波八十島祭」旧跡の一社とされている。

天照皇大神を祭神として祀ることから、かつては難波神明社とも呼ばれ、日本七神明芝大神宮、京都松原神明宮(朝日神明宮?)、日向大神宮、難波神明宮(露天神社の境内社)、神明宮(金沢市)仁科神明宮、出羽湯殿山神明宮(不詳))の一つにも挙げられた。

また、西向きであるために夕日神明とも呼ばれ、東向きの朝日神明宮(現 朝日神明社)、南向きの日中神明宮(大阪市大正区鶴町の神明神社)とともに浪速三神明(大坂三神明)とも呼ばれた。

現在、難波神明社は境内社として存在している。

社名は、菅原道真が太宰府へ左遷される途中、ここで都を偲んで涙を流したからとも、梅雨のころに神社の前の井戸から水がわき出たためともいわれる。

元禄16年(1703年)に堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が「天神の森(現在の社の裏手)」にて心中を遂げた。

1ヶ月後、近松門左衛門はこの二人の悲恋を人形浄瑠璃『曽根崎心中』として発表し、当時の社会現象となった。

当社は事件の神社として一躍有名となり、そのヒロインである「お初」の名前から以後今日に至るまで「お初天神」と通称されている。

曽根崎心中の中では「三十三に御身を変へ、色で導き情けで教へ、恋を菩提の橋となし、渡して観世音、誓ひは妙に有難し」とお妙の名と観音信仰をかけている。

なお「お初」は天満屋での呼び名であり、墓所(慰霊碑)に記された久成寺(大阪市中央区中寺)での戒名は妙力信女であることから「お妙」などが推測される。

2004年(平成16年)には境内に「お初・徳兵衛」のブロンズ像が建立された。「恋人の聖地」に指定されている。

境内社に、金刀比羅宮・水天宮(天乃御中主大神、安徳天皇、大物主大神、崇徳天皇、住吉大神、他二柱)、開運稲荷社(玉津大神、天信大神、融通大神、磯島大神)、難波神明社(天照皇大神・豊受姫大神)がある。

例祭は7月第3金・土曜日、夏祭として知られる。2月3日が節分祭、4月7日は「お初と徳兵衛祭り」という二人の慰霊祭。毎月第1金曜日にお初天神蚤の市が開かれる。

【ご利益】
学問成就、開運、縁結び、良縁、病気平癒など(公式HP
露天神社  - 『曽根崎心中』の舞台である通称「お初天神」、夏祭や二人の慰霊祭も
【関連記事】
菅公聖蹟二十五拝 - 菅原道真や、その大宰府への左遷途上の足跡にゆかりのある神社
日本七神明 - 東京、京都、大阪、石川、長野、山形の各地に点在する有力な神明神社
浪速三神明とは? - 西向きの夕日・露天神社、東向きの朝日神明、南向きの日中神明の三社

神社の創建年代 - 神代から、神武・神功・継体、そして昭和期まで、主な神社を順に並べた
[日本全国]初詣で人気の神社、その人出は? 参拝者数ランキング | 大阪府 | 菅原道真
大阪府の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、大阪府に鎮座している神社の一覧
露天神社の御朱印