古要神社の傀儡子の舞と相撲(こようじんぎゃのくぐつのまいとすもう)
種別1:民俗芸能
種別2:渡来芸・舞台芸
公開日:3年に一度10月12日(超レア:次回は2017年)
指定日:1983.01.11(昭和58.01.11)
都道府県:大分県
所在地:古要神社(中津市大字伊藤田)

三人遣いの人形芝居として知られる人形浄瑠璃文楽を頂点とする日本の人形戯の伝統は、全国各地にその発展過程を暗示させる諸形態の人形戯を残存させてきているが、これらの中でも奈良・平安時代から活躍をはじめている傀儡子は、日本の人形戯の源流として注目されている。

この源流をうかがわせる傀儡子系の人形戯が、いまも大分県の古要神社(中津市大字伊藤田)と福岡県の八幡古表神社に伝承されており、日本の芸能史の上で極めて貴重な存在となっている。八幡古表神社のものも、「八幡古表神社の傀儡子の舞と相撲」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。

古く宇佐八幡宮(現 宇佐神宮)の放生会が和間の浜の浮殿(和間神社)で執行されていた時、宇佐八幡宮の末社である古表、古要の両社からそれぞれ傀儡子を船に乗せ、海上から浮殿に向かって傀儡子の舞を奉納したといわれている。

その傀儡子を洗ったと伝わる化粧井戸が、鷹居神社の近くに現存する。

応永27年(1420年)、元和3年(1617)年に放生会が復活されているが、その後は打ち切りとなり、現在は古要神社の単独の行事として伝承されてきている。開催は3年に一度10月12日の夜であり、海に出る放生会の御神幸は行われていない。古要神社の傀儡子の舞と相撲は、本殿と拝殿の間にある申殿で行われる。

福岡県の八幡古表神社のものと同じく、傀儡人形は、神像型人形と相撲型人形に分けられ、前者は古要舞あるいは細男舞、神舞などと呼ばれる舞を演じ、後者は古要相撲とか神相撲と呼ばれる演技を見せる。

神像型人形は男神と女神に分かれるが、いずれも一木造りで、胴体の下部が細くなり、遣い手はその部分を握って人形を遣う。両手は肩先に釘で取りつけられ、その両手に紐をつけて引っ張ることによって両手を上下に動かすことができるようになっている。これに神衣と呼ばれる人形衣裳をつけて舞わすのである。

囃子は笛・チャンガラ・太鼓で、まず「神起し」の楽を奏し、続いて「呼び出し」の楽につれて、神像型人形(お舞人形という)が登場し、一礼ののち「お舞のはやし」にのって両手を振って舞う。

この神像型人形は、八幡古表神社のように神名は付されてないで、胴体に墨書されている名前で呼ばれる。

舞の順序は、まず「御祓神」一体が出て式場を浄め、続いて獅子頭二面、小豆童子二体が出て舞台前面に東西に分れて着座する。これらは神相撲が終わるまで残り、相撲の勝負で味方が勝つとそれぞれ喜ぶさまを見せる。

その後、「御幣持」二体、「羯鼓打」二体、「太鼓役」と小太鼓役各一体、「笙吹」と笛吹各一体、「七力神」二体、「調拍子」二体の囃子の各役、さらに「鉾持」「鉾役」各一体、「御刀」「鉾神」各一体、「太刀持」二体と続き、「磯良神」二体が登場すると、奏楽が止んで細男舞の神歌が唱えられる。

このあと「細男役」一体、「御幣」二体が舞って終わりとなるが、その動きはいずれも両手を上下に動かす同じ動作である。獅子頭や指人形の小豆童子は、八幡古表神社にはなく、また傀儡子の舞もそれぞれに役があって、傀儡子の神舞は舞楽構成を模した神事舞と類推できる内容を示しているところに特色がみられる。

相撲型人形による神相撲は、八幡古表神社とほとんど変らない内容である。相撲型人形は一木造りで、片足だけが長く作られていて、遣い手がそれを握って人形を遣う。いま一方の片足は股間に釘で打ちつけ、両手も肩に釘で打ちつけられている。

この両手と釘で打ちつけられた片足にそれぞれ紐がつけられ、それをまとめて引くと両手と片足が動いて相撲をとっているようにみえる。

ハヤモン(早物)と呼ばれるテンポの早い囃子に合わせて、八幡古表神社の神相撲と同じように、最初は東西が交互に勝ち、やがて西方が連敗し、最後に残った西方の小兵の住吉神(くろうの神)が東方の神を次々と敗る。

これを掛り相撲といって東方の神々が大挙して住吉神にかかるが住吉神が押し勝ってしまう。

傀儡子の舞と相撲の芸態そのものは、比較的単純であるが、その呪術的内容と人形の構造や操法には、他に類例をみない古格がうかがわれるのが貴重である。

保護団体名:古要傀儡子保存会
重要無形民俗文化財「古要神社の傀儡子の舞と相撲」 - 3年に1度、日本の人形戯の源流
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