400年続く大頭祭、例大祭前日の仕掛け花火「とんとん」が人気の古社
[住所]長野県千曲市大字八幡3012
[電話]026-272-1144

武水別神社(たけみずわけじんじゃ)は、長野県千曲市にある神社。

『延喜式神名帳』にある「武水別神社(信濃国・更級郡)」に比定される式内社(名神大社)の論社。ただし、『延喜式臨時祭』「名神祭」には掲載されていない。近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社

主祭神は武水別大神(たけみずわけのおおかみ)。

社伝では、善光寺平の豊穣と千曲川の氾濫防止を祈って祀られたとする。「たけみくまり」とも言われ、水の神である天之水分神国之水分神の系統だと思われる。千曲川の水神。

相殿神は、誉田別命(ほんだわけのみこと、第15代応神天皇)、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、比咩大神(ひめおおかみ、宗像三女神)の八幡神。

創建は不詳。社伝では、第8代孝元天皇の時代に武水別大神が鎮祭されという。

式内社「武水別神社」の国史での初見は貞観8年(866年)で、無位から一躍して従二位の神階奉授を受けている。他の論社として、長野市大岡丙の樋知大神社がある。

当社一帯は平安時代末期より石清水八幡宮の荘園となっており、安和年間(968年-970年)に石清水八幡宮から八幡神(相殿の三柱)が勧請された。

八幡神は源氏の氏神としても知られ、当社はこの地方随一の八幡宮として広く武門の崇敬を受けた。

また木曾義仲(源義仲)が祈願したと伝えられるほか、川中島の戦い時の上杉謙信の勧請文なども残されている。

慶安元年(1648年)には、江戸幕府から朱印地200石を与えられた。

明治に入り、それまで称していた「八幡宮」から現社号に復した。しかし今でも八幡宮と呼ばれ、八幡宮武水別神社、武水別神社八幡宮とも。

また、当初郷社に列したが、明治41年(1908年)に県社に昇格した。

1万8896平方メートルの社地には、社叢としてケヤキ・スギを主として20数種が生育し、その数は400本を超える。老木も多く、「武水別神社社叢」として県の天然記念物に指定されている。

摂社に高良社(こうらしゃ)がある。覆屋内に立つ本殿は、室町時代後期16世紀頃の造営。

一間社流造の系統に属するが、見世棚造に類似した形式となっている。室町時代の特色を示すものとして、県宝に指定されている。

祈年祭(3月15日)、例大祭(9月15日)、大頭祭(新嘗祭、12月10日-14日)は「三大祭」と呼ばれている。

ただし、近隣では例大祭前日の仲秋祭(9月14日)における仕掛け花火、通称「とんとん」が親しまれている。

大頭祭(だいとうさい)は、5人の頭人(とうにん)を中心に進行し、その三番頭を「大頭」と呼ぶことが名の由来。

歴代の頭人の氏名を記した「御頭帳」では、最古は文禄元年(1592年)にまで遡っており、400年以上続く。国の選択無形民俗文化財。

【ご利益】
水、五穀豊穣、厄除け、農業、学問、勝運、航海・交通安全など(公式HP
武水別神社 - 400年続く大頭祭、例大祭前日の仕掛け花火「とんとん」が人気の古社
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