長州藩最後の藩主で維新功労者である毛利敬親と、養嗣子・元徳を祀る
[住所]山口県山口市天花1-1-2
[電話]083-922-0666 - 豊榮神社・野田神社

野田神社(のだじんじゃ)は、山口県山口市にある神社。近代社格は別格官幣社、現在は神社本庁の別表神社豊榮神社(とよさかじんじゃ、豊栄神社)と隣接し、豊榮神社・野田神社と称される場合があるが、別の法人格。参拝すれば、御朱印を頂ける。

長州藩最後の藩主で明治維新の功労者である毛利敬親を「毛利敬親公」として祀り、敬親の養嗣子の元徳を「毛利元徳公」として配祀する。敬親は身分を問わず、有能な人物を発掘し、重用したことで藩政改革を行い、維新の原動力を築き上げた。

明治6年(1873年)、有志が謀って「敬親公」を祀る社を豊榮神社の境内に建て、神社名を敬親の諡号である「忠正」から取って忠正神社と称した。翌7年、鎮座地名からとった現在の野田神社に改称、同9年に県社に列格、同19年に現在地に遷座し、大正4年(1915年)に別格官幣社に列格した。

元徳は死の2年後の明治31年(1898年)、野田神社境内に摂社として芳宜園神社を創祀して毛利元徳公として祀られたが、昭和11年(1936年)に本殿に合祀された。

本殿、釣屋、幣殿、拝殿等、社殿の結構はほぼ豊榮神社に同じい。境内の能楽堂は毛利元徳公として配祀される元徳の長男である元昭により昭和11年に新築寄進されたもので、平成3年(1991年)に山口市指定有形文化財に指定されている。

国の重要文化財として、長さ63.5センチ、反り 1.9センチの鎬造の「太刀 銘□友(伝・助友)附 衛府太刀拵」がある。銘は「友」の上の一字が判読不能であるが、平安時代の助友の作と伝えられ、その様態から武器としてではなく、儀式用の太刀と推定される。

当社北西数百メートルに、瑠璃光寺(るりこうじ)、日本の歴史公園100選の一つ香山公園があり、香山墓所は「毛利家墓所」のうちの一つとして国の史跡に指定されている。

【ご利益】
開運、出世
野田神社 - 長州藩最後の藩主で維新功労者である毛利敬親と、養嗣子・元徳を祀る
【関連記事】
別格官幣社とは? - 戦国武将や維新原動力の藩主、建武新政の功労者、英霊など
山口県の別表神社 | 別表神社とは? - 神社本庁に属する神社の現代版官国幣社
山口県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、山口県に鎮座している神社の一覧
野田神社の御朱印