タケミナカタが諏訪入りの際に粥を献じた太古の神々を祀る古社
[住所]長野県上田市下之郷中池西701
[電話]0268-38-2755

生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)は、長野県上田市にある神社。日本の中央部に位置するため、「国土の大神・日本の真中」を称している。参拝すれば、御朱印を頂ける。

延喜式』巻9・10神名帳 東山道神 信濃国 小県郡「生島足島神社二座」に比定される式内社(名神大社)。近代社格では国幣中社、現在は神社本庁の別表神社

主祭神は生島大神(いくしまのおおかみ)と足島大神(たるしまのおおかみ)。生島大神は万物を生み育て生命力を与える神、足島大神は国中を満ち足らしめる神。

本社は、池に浮かぶ小島の上に鎮座する「池心の宮」という古代的形態を採る。本社社殿は北面して鎮座し、摂社諏訪神社(下の宮)と正対する。本社は、諏方神社に対して「上の宮」と称される。

両社の間には「神橋」と呼ばれる橋がかかるが、普段は渡ることができず、諏訪神が本社に遷座する時のみ開かれる。本社と諏訪神社全体を取り囲む四方には、諏訪系の神社特有の御柱が建てられている。

社伝では、建御名方富命が諏訪へ向かっていた時、この地に留まり、生島・足島両神に米粥を煮て献じたという。

この伝承は現在も特殊神事の「御籠祭(おこもりさい)」に名残を残している。建御名方富命は最終的に諏訪大社に鎮まった。

文献の初見は、平安時代初期の大同元年(806年)に神封戸1戸が「生島足島神」に寄進されたという記載(『新抄格勅符抄』)。

『延喜式神名帳』には別に宮中において「生嶋巫祭神二座(神祇官西院坐御巫等祭神23座)」があり、関連が指摘される。

皇室や武将の崇敬が篤く、北条国時が社殿を営繕、真田昌幸・信之らの武将が神領を寄進し、社殿を再建するなどの記録が残る。

また、武田信玄が上杉謙信との戦いに際し奉じた直筆の願文等が現在も「生島足島神社文書」(国の重要文化財)として残されている。

同文書によると、中世以降は「下之郷大明神」「諏方法性大明神」「下之郷上下宮」等と呼称されていた。その後、社名は寛政11年(1799年)に京都吉田家によって現社号に改称した。

なお、当社は進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載されている。

【ご利益】
家内安全、身体健勝、良縁子宝、安産子育など(公式HP
生島足島神社 - タケミナカタが諏訪入りの際に粥を献じた太古の神々を祀る古社
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詩でたどる日本神社百選 - 進藤彦興『詩でたどる日本神社百選』に掲載された神社
『日本の神社全国版 2015年 2/24 号 [雑誌]』 - 長野の生島足島神社、戸隠神社、御嶽神社
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生島足島神社の御朱印