「航海神」としても尊崇される、薩摩国一宮を巡って新田神社と争う
[住所]鹿児島県指宿市開聞十町1366
[電話]0993-32-2007

枚聞神社(ひらききじんじゃ)は、鹿児島県指宿市にある神社。『延喜式神名帳』にある「枚聞神社(薩摩国・穎娃郡)」に比定される式内社(小社)。歴史的な一宮としての薩摩国一宮で、近代社格では国幣小社、現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。参拝すれば、御朱印を頂ける。

主祭神は大日孁貴命(おおひるめのむちのみこと)。アマテラスの別名。五男三女神を配祀する。普通に考えれば、アマテラスとスサノヲの誓約により生まれた神々か。中には航海にも縁が深い宗像三女神もいる。基本的には不詳とのこと。明治時代以後は近隣の神社を合祀しており、御祭神については異説もある。

社伝でも創建は不明であり、かなり古くからあった神社と考えられている。元々は開聞岳を神体とする山岳信仰に根ざした神社だったようだ。史料での初出は『日本三代実録』貞観2年(860年)3月20日庚午条の神階昇叙記事で、この日に薩摩国従五位上開聞神が従四位下を加えられた。

鎌倉時代以降は新田神社(薩摩川内市)と薩摩国一宮の地位を巡って激しい争いを繰り広げるようになる。戦国時代は島津氏の有力家臣であった頴娃氏の庇護下にあったが、元亀2年(1571年)に「証恩寺崩れ」と言われるお家騒動が起こり、その巻き添えとなって社殿を失った。

しかし、すぐに島津氏の庇護を受けて再興、同氏は当社の籤により作戦を決めたという。現在の社殿は慶長15年(1610年)に島津義弘が寄進したものを天明7年(1787年)に島津重豪が改築したもの。

本殿は方三間の入母屋造妻入で、屋根銅板葺、千木・鰹木を置き、正面に縋破風で一間の向拝を付ける。平成2年(1990年)3月23日に鹿児島県の有形文化財に指定された。

外洋に面した立地から古くから「航海神」としても崇められ、江戸時代以降は琉球からの使節の崇敬も集めるようになった。しかし江戸時代になると、宇佐八幡宮の五社別宮ともされていた新田神社の方が次第に重く扱われるようになったらしく、明治4年(1871年)5月に国幣小社に列したが、対して新田神社は同18年(1885年)に上位の国幣中社となった。

重要文化財として、松梅蒔絵櫛笥(内容品・目録共)がある。松と梅の蒔絵で飾られた女性用の化粧用具箱。昭和2年(1927年)4月25日に古社寺保存法に基づく国宝(旧国宝、現行法の重要文化財に相当)に指定された。

10月16日が神幸祭。

【ご利益】
航海神。琉球からの使節の崇敬ということで、特に沖縄から鹿児島にかけての海に強いか
枚聞神社 - 「航海神」としても尊崇される、薩摩国一宮を巡って新田神社と争う
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『日本の神社全国版(109) 2016年 3/15 号 [雑誌] 』 - 西の海に抱かれる薩摩国を見守る社
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枚聞神社の御朱印