「ことのまま」で、「願い事が意のままに叶う」神社 遠江国一宮
[住所]静岡県掛川市八坂642
[電話]0537-27-1690

事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)は、静岡県掛川市にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「己等乃麻知神社(遠江国・佐野郡)」に比定される式内社(小社)。歴史的な一宮としての遠江国一宮で、近代社格では県社「全国一の宮会」に加盟している。

近隣を通る国道1号日坂バイパスの「ことのままトンネル」は当社名から命名された。旧東海道沿いの、日坂宿(にっさかしゅく)及び小夜の中山の西の入口、宮村にある。

当社と諏訪大社、特に下社春宮(長野県諏訪郡下諏訪町)、および修験道場として名高い戸隠山(長野県長野市)は、ほぼ南北一直線上にある。

主祭神は己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)、配神は息長帯姫命誉田別命玉依比売命で、三柱合わせて八幡大神と総称する。

己等乃麻知媛命は、忌部氏の祖神であるフトダマの娘とされ、アメノコヤネの母ともされる。言の葉を通して世の人々に加護を賜う「ことよさし」の神。天の声を人々に伝える役目があるとされる。

社伝によれば、第13代成務天皇の治世の創建。古くは真知乃神(まちのかみ)、任事神社(ままのことじんじゃ)などと呼ばれた。

大同2年(807年)、坂上田村麻呂が東征の折、第50代桓武天皇の勅命によって、それまで鎮座していたすぐ北側の本宮山から現在地へ遷座させたと伝えられる。

平安時代後期に八幡信仰が広まると、康平5年(1062年)、源頼義が石清水八幡宮(京都府八幡市)から八幡神を勧請した。

日坂八幡宮(にっさかはちまんぐう)や八幡神社(はちまんじんじゃ)とも称されるようになった。

東海道沿いにあって、難所であった小夜の中山の西側の麓にあたることや、「ことのまま」の名が「願い事が意のままに叶う」の意味を持つことから、多くの人が旅の安全や願い事成就を祈るため立ち寄り、また江戸幕府も朱印高100石あまりを献上するなど崇敬を集めた。

また古くから多くの書物がこの社のことを記しており、平安時代には清少納言の『枕草子』や多くの和歌、鎌倉時代には『吾妻鏡』、江戸時代には十返舎一九の『東海道中膝栗毛』などに「願い事が叶う神社」として登場している。

ただ、本来は御祭神が人に言葉を伝えたものととらえられている。長い歴史の中で、人の言葉を聞き届けてくれる神となったともされる。

これは「誤って」というより、人々の願望の表れであって、現在ではそのように定着しているという現実の方を受け止めるべきだろう。

明治以降は県社に列し、単に八幡神社と称した。第二次大戦後に「ことのまま」の名を復活させ、現社名とした。

なお、周智郡森町の小國神社も遠江国一宮を称す。

【ご利益】
「願い事が意のままに叶う」
事任八幡宮 - 「ことのまま」で、「願い事が意のままに叶う」神社 遠江国一宮
【関連記事】
一宮とは? - その地域の中で最も社格の高いとされる神社のこと、根強い一宮めぐり人気
歴史的な一宮とは? - 『中世諸国一宮制の基礎的研究』が底本、資料で確認できる一宮
「全国一の宮会」加盟社とは? - 歴史的な一宮や、新一の宮などを含めた現代版一宮

神社の創建年代 - 神代から、神武・神功・継体、そして昭和期まで、主な神社を順に並べた
静岡県の旧県社 | 府県社とは? - 旧県社(縣社)・旧府社、その都道府県の中で有力な神社
静岡県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、静岡県に鎮座している神社の一覧
事任八幡宮の御朱印