サルタヒコの本宮とされる伊勢国一宮、境内末社で松下幸之助を祀る
[住所]三重県鈴鹿市山本町1871
[電話]059-371-1515

椿大神社(つばきおおかみやしろ)は、三重県鈴鹿市山本町にある神社。参拝すれば、御朱印を頂ける。

『延喜式神名帳』にある「椿大神社(伊勢国・鈴鹿郡)」に比定される式内社(小社)で、歴史的な一宮としての伊勢国一宮の候補。

近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。

三重県では伊勢の神宮(伊勢神宮)、二見興玉神社に次いで3番目に参拝者数の多い神社と言われる。猿田彦大本宮とも呼ばれる。猿田彦大神を祀る神社の総本社とされる。

主祭神が猿田彦大神のほか、相殿神は瓊瓊杵尊栲幡千千姫命、配祀神は天之鈿女命木花咲耶姫命、前座神が行満大明神。

社伝によれば、第11代垂仁天皇27年、倭姫命に下った神託により、猿田彦大神の墳墓の近くに「道別大神の社」として社殿が造営されたのを創始とする。境内には今も猿田彦命の墓が伝わっている。

書物における初見は、天平20年(748年)6月17日の『大安寺伽藍縁起並流記資材帳』。

当社は一般に『延喜式神名帳』に記載される「椿大神社」として伊勢国一宮に比定されるが、同市一ノ宮町の都波岐神社を「椿大神社」とする説もあり、伊勢国一宮でも双方が候補になっている。

社伝によれば、御祭神の末裔の行満大明神は修験道の開祖であり、役行者を導いた。そのため、中世には修験神道の中心地となった。なお、現宮司は、行満大明神の末裔であるという。

当社は、石神社を合祀している。式内社「石神社」の論社。他の論社に、亀山市に式内同名神社がある。

昭和10年(1935年)、内務省神社局の調査により、全国約2000社の猿田彦大神を祀る神社の総本社「地祗猿田彦大本宮」とされた。

しかし、それらの神社で当社と実際に関係があるものは少数とされる。伊勢市宇治には猿田彦神社がある。一方で、「椿大明神」を祀る「椿神社」は全国各地に存在している。

昭和62年(1987年)、アメリカ合衆国カリフォルニア州にアメリカ椿神社(現・アメリカ椿大神社(ワシントン州))を創建し、神道の普及活動を開始。

社宝に、吉備真備の奉納と伝わる獅子頭があり、獅子舞発祥の社ともされる。3年に一度の獅子舞神事がある。

例大祭は春季(4月11、12日)と秋季(10月10-12日)の年二回。春季例大祭では京都金剛流神事能「鈿女」が奉納される。

また、当社は臼田甚五郎監修『日本神社一00選』に「日本神社100選」として掲載されている。

境内に末社として松下幸之助社がある。現パナソニックを一代で築き上げた松下幸之助(まつした こうのすけ、1894年〈明治27年〉11月27日 - 1989年〈平成元年〉4月27日)を祀る。

御祭神は生前から「経営の神様」とも呼ばれていた。生前、当社に茶室を寄進するなどゆかりがあった。

他の境内社に、県主神社と椿岸神社がある。いずれも同名の式内社の論社。他の論社に、県主神社は能褒野神社が合祀したもの、椿岸神社は四日市市に同名神社がある。

猿田彦命に関して、伊勢神宮の内宮域、内宮の御垣内に鎮座する興玉神がある他、内宮域の近くに猿田彦神社、二見浦に二見興玉神社、先の都波岐神社と近辺に多く鎮座する。

【ご利益】
方災解除、厄祓、土地・家・屋敷の守護神。先達、延命長寿、縁結び、安産など(公式HP
椿大神社
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