水戸の光圀ゆかりの東照宮、家康と、その子の水戸藩藩祖・頼房を祀る
[住所]茨城県水戸市宮町2-5-13
[電話]029-221-9025

水戸東照宮(みととうしょうぐう)は、茨城県水戸市にある神社。近代社格では県社、現在は神社本庁の別表神社。全国に100社以上分布する東照宮の一社。全国東照宮連合会に加盟している。

正式名称は「東照宮」のみ、一般には「権現さん」と呼ばれている。徳川家康(東照公)を主祭神とし、徳川頼房(威公)を配祀する。

元和7年(1621年)、家康の十一男で水戸藩の藩祖である頼房が、父の家康を祀るために景勝地の霊松山に創建した。

中央に東照大権現、左に山王権現、右に麻多羅神(唐の青龍寺の鎮守神で、比叡山の鎮守である日吉大神と同神とされる)が祀られ、創建当初は「三所権現」と称していた。

元和10年(1624年)に二代将軍徳川秀忠の霊屋が建てられ、以降、歴代将軍の神霊が相殿として祀られた。鎮座地名は、元禄12年(1699年)、二代藩主徳川光圀によって「常磐山」(ときわやま)に改められた。

大照寺が別当寺となり、創建以来仏式で祭祀が行われていたが、天保14年(1844年)、寺院整理を進めていた九代藩主徳川斉昭によって寺僧は罷免され、神式に改められ、仏教色の強い左右の配神二座が除かれた。

江戸幕府の祖・家康をまつる東照宮を寺院整理の対象にしたために幕府などの批判を受け、斉昭の隠居の一因になったとされる。

明治8年(1875年)に県社に列格。昭和11年(1936年)、水戸藩主頼房を配祀。昭和41年(1966年)、神社本庁の別表神社となった。

創建当時からの社殿は大正6年(1917年)に国宝に指定されたが、昭和20年(1945年)に戦災で焼失、昭和37年(1962年)に再建された。

境内には頼房が奉納した銅灯籠、光圀が造らせた常葉山時鐘、斉昭の考案による安神車(戦車)などが現存している。

【ご利益】
家内安全、身体健全、厄除開運、交通安全、商売繁盛、事業繁栄など(水戸黄門ドットコム
水戸東照宮 - 水戸の光圀ゆかりの東照宮、家康と、その子の水戸藩藩祖・頼房を祀る
【関連記事】
東照宮とは? - 薨去400年の東照大権現たる徳川家康を祀る、全国100社以上が現存する神社
茨城県の別表神社 | 別表神社とは? - 神社本庁に属する神社の現代版官国幣社
茨城県の旧県社 | 府県社とは? - 旧県社(縣社)・旧府社、その都道府県の中で有力な神社
茨城県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、茨城県に鎮座している神社の一覧