糸崎の仏舞(いとざきのほとけのまい)
種別1:民俗芸能
種別2:渡来芸・舞台芸
公開日:隔年(西暦奇数年)の4月18日(超レア:次回は2017年)
指定日:2004.02.06(平成16.02.06)
都道府県:福井県
所在地:福井市糸崎町

糸崎の仏舞は、福井県福井市糸崎町において、仏の面を着けた10人の舞手が、白い童子の面を着けた2人の幼児に見守られ、太鼓と鉦に合わせて舞うもので、今は行われなくなった舞楽の一演目をうかがわせるものである。

糸崎町の育王山龍華院糸崎寺観音堂の前の舞台で、隔年の4月18日に舞われている。

観音堂の正面から15メートルほど離れて、約5メートル四方で、高さ約70センチの石組の仏舞の舞台がある。舞台の周囲は石の欄干が回っている。本堂と舞台は、幅90センチほどの通路で結ばれている。

舞台の奥側には奥行き約2.7メートルの舞台が別に付き雅楽の楽人や僧侶の席になる。

また本堂から向かって舞台の右側には、舞台から1メートルほど離れて、高さ約2.6メートル、広さは2メートル四方ほどの石組の櫓があり、櫓の上にも石の欄干が回っていて、太鼓と鉦の席になる。

当日は、午前中に櫓の周囲に紫の垂れ幕を下げ、通路や舞台の周辺には竹の先に赤布を付けた旗が配置される。

仏舞は一番太鼓の舞、二番太鼓の舞、念菩薩の舞、三番太鼓の舞と続く。一番太鼓の舞と二番太鼓の舞は、太鼓と鉦に合わせて、8人の舞人が舞台の中央で輪になって、ゆるやかに回りながら舞う。二番太鼓の舞が終わると雅楽の演奏があって、8人の舞人は舞台の両側に4人ずつ並ぶ。

太鼓と鉦にのせて2人の念菩薩が中央に進み、観音堂に拝礼し、1人が手に持っていた笏を机に置き、他の1人が持っていた蓮の花を受け取り、2人ともに本堂に向かって拝礼して机に蓮の花を置いて、また隅に控える。

三番太鼓の舞は、8人の舞人が中央で輪になって舞い、順に1人ずつが舞をやめて隅に控えていき、最後は1人になって舞う。この後、入場と同様に雅楽の演奏にのせて列を作って舞台から観音堂に戻って仏舞が終わる。

糸崎寺は、十一面観音を本尊として8世紀初頭に建立され、さらに天平勝宝8年(756年)に中国の僧侶が千手観音を持参して、この地に安置したときに、大勢の菩薩が現れて喜びの舞を舞ったことが、仏舞の始まりと伝えている。

また糸崎寺は、10世紀に成立した延喜式に記載されている糸崎神社の別当寺ともいわれ、16世紀の記録に糸崎寺の参詣記録があるが、その後の一向一揆によって衰えたと考えられている。なお19世紀初めの記録に、この仏舞が絵入りで紹介されていて、遅くとも、そのころから仏舞が行われてきたことが確かめられる。

保護団体名:仏舞保存会
重要無形民俗文化財「糸崎の仏舞」 - 756年に創始されたと言われる福井の民俗芸能
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