神武東遷の出発時の創祀、神功皇后にもゆかりある古社、日向国一宮
[住所]宮崎県児湯郡都農町大字川北13294
[電話]0983-25-3256

都農神社(つのじんじゃ)は、宮崎県児湯郡都農町にある神社。『延喜式神名帳』にある「都農神社(日向国・児湯郡)」に比定される式内社(小社)。歴史的な一宮としての日向国一宮で、近代社格では国幣小社、現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。参拝すれば、御朱印を頂ける。

明治以前は「宮崎社」「宮崎宮」とも称されていた。地元では「一の宮神社」とも呼ばれる。

御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。当社は古くからの都農町一帯の守り神であったために、土地の神として大己貴命を御祭神に充てたもの、とされる。

社伝によれば、初代神武天皇即位の6年前、天皇が東遷に向かう際に鎮祭したことに始まる。また神功皇后(第14代仲哀天皇の皇后)が三韓征伐に際して舟の守護神として「吐乃大明神」を勧請(『塵添壒囊抄』)、皇后が凱旋後に社殿を造営したのが初めであるという。

都農町一帯には縄文時代以来の遺跡が分布するほか、円墳や前方後円墳など20基以上からなる都農古墳群もあり、相当昔から開けていたことが分かっており、社伝の古さを裏付けている。

古来より非常に崇敬されたが、戦国時代、天正6年(1578年)に大友宗麟による日向侵入の兵火に罹って社殿を始め、社宝、古文書類を悉く焼失してからは次第に衰退。江戸期になると再び歴代の高鍋藩主から崇敬され、興隆。

日本海軍の戦艦「日向」の艦内神社に分祀したとも伝わる。しかし、「日向」の艦内神社の勧請元は宮崎神宮という説もある。なお、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」の艦内神社に分祀しているという。「ひゅうが」の艦内神社は他に、鵜戸神宮を勧請している。

毎年8月1日-2日に行われる夏祭は、「御神幸祭」とも呼ばれ、神輿が都農町内を巡幸する。三韓征伐の時に神功皇后が当社祭神を守護神として舟に迎えたのにちなむと伝え、一時中絶していた時期もあったが、天保3年(1832年)に再興された。

毎年12月4日-5日に行われる冬祭では、夜を徹して神楽が奏され、5日に例大祭を斎行する。また、当日は乳の病に悩む婦人が杓子を奉納すると治癒するとされている。

境内には「御神象」がある。当社の御神木である夫婦楠の木の俣から生れ出でた象。男根の形に、その先からまた木が伸びているような形状。

【ご利益】
縁結び、病気平癒、子孫繁栄、家内安全、商売繁盛など
都農神社 - 神武東遷の出発時の創祀、神功皇后にもゆかりある古社、日向国一宮
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ひゅうが - Wikipedia