オオクニヌシを祀る三河国一宮、戦の後の徳川家康が宿陣したとの伝承
[住所]愛知県豊川市一宮町西垣内2
[電話]0533-93-2001

砥鹿神社(とがじんじゃ)は、愛知県豊川市にある神社。『延喜式神名帳』にある「砥鹿神社(三河国・宝飫郡)」に比定される式内社(小社)。歴史的な一宮としての三河国一宮で、近代社格では国幣小社。現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。参拝すれば、御朱印を頂ける。

豊川市・岡崎市・新城市の境、海抜789メートルの、三河国三霊山の一つである本宮山の山麓に里宮(豊川市一宮町)、山頂に奥宮(豊川市上長山町)がある。御祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)。

里宮には、オオクニヌシの御子神である智徳の神・事代主命 (ことしろぬしのみこと)と、体徳の神・建御名方命(たけみなかたのみこと)を祀る摂社・三河えびす社などがある。

奥宮には、オオクニヌシの荒魂を祀る摂社・荒羽々気神社(あらはばきじんじゃ)があり、健歩健脚の守護神と慕われる。

古代は奥宮のみ存在したが、文武天皇の時代(大宝年間、701年-704年)に草鹿砥公宣(くさかど きんのぶ)が里宮を建立したという。その後、三河国の一宮として尊崇され大江定基など三河国司が参拝した。

戦国時代の永禄年間には、付近に徳川家康の命を受けた本多信俊が一宮砦を構えて今川軍に包囲されたが、家康が寡勢で救援に駆けつけて多勢の今川軍を蹴散らした後に当社に宿陣したとも伝わる(「神君一宮砦後詰め」の逸話、砦跡は現在も残っている)。

毎年5月4日には流鏑馬神事である「神幸祭」が挙行される。

また、日本列島を走る中央構造線のライン上に立地する神社の一社でもある。

【ご利益】
福徳、国土開拓、縁結び、交通安全、家運隆昌、厄難消除(公式HP
砥鹿神社 - オオクニヌシを祀る三河国一宮、戦の後の徳川家康が宿陣したとの伝承
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