古地図と邪馬台国―地理像論を考える
・刊行:1988/1
・著者:弘中芳男
・出版:大和書房

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現在でも畿内説の根拠の一つとしてあげられる室賀信夫「魏志倭人伝に描かれた日本の地理像」(昭和31年(1956年))。「混一彊理歴代国都之図」に見られる、古代中国人の日本の地理観こそが、魏志倭人伝に描かれた理解しがたい方向感覚とする説。

しかし、発表当初から、畿内説からの補強や九州説からの反駁なども限定的で、実はあまり顧みられない論であったことを明らかにしつつ、批判を加える。

著者自身は、この時点で消極的ながら九州説を展開するが、本書は、極めて重要な示唆が与えられた室賀の「混一彊理歴代国都之図」論であるにもかかわらず、発表後の批判も補強も限定的だった現実をとらえ、これを詳述し、批判した点に価値がある。

初出は、『古代文化を考える』第七号(1982年3月)。

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現在の畿内説論者も比較的安易に室賀の発想を根拠として引き合いに出すが、その室賀の論文も、それほど確固たる説ではないこと、本書の刊行時点で、発表後四半世紀を経てもそれほど議論が深められた説ではないことがよく分かる。

畿内説にとって弱点となる方角について、室賀に連なる系譜として、「日本列島南展論」と位置付け、三品彰英和辻哲郎和歌森太郎肥後和男と整理し、肥後は実際に室賀との手紙のやり取りによって論を固めていること。

室賀論文発表後については、畿内説では主に直木孝次郎がその紹介や解説、畿内説の補強に位置づけたこと、九州説では古田武彦松本清張安本美典らによる反駁などを紹介しており、系統だった論争の一系譜として興味深い。

なお、弘中が本書(というか、本書の中の室賀論文批判の論考)執筆のきっかけになった、としているのが、『日本歴史展望〈第1巻〉埋もれた邪馬台国の謎 (1981年)』。ここでは、「混一彊理歴代国都之図」をフルカラーで紹介している一方、室賀論文に触れられない、安易な紹介に始終しているなどの欠点が目立ったため、という。

本論に対して、室賀の弟子筋にあたる海野一隆が批判を行っており、それに対して弘中がさらに反論するなど、論争を行っている。
室賀論文の中国古地図遡源の構図 - 弘中芳男『古地図と邪馬台国―地理像論を考える』P182