坂上田村麻呂ゆかり、アヂスキタカヒコネ祀る陸奥国一宮
[住所]福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字馬場39
[電話]0247-33-7219

都都古和氣神社(つつこわけじんじゃ、都都古和気神社)は、福島県東白川郡棚倉町馬場にある神社。都々古和氣神社とも。

近くに複数の同名神社があるため、所在地を取り馬場都都古和気神社とも。

『延喜式神名帳』にある「都都古和気神社(陸奥国・白河郡)」に比定される式内社(名神大社)の論社。歴史的な一宮としての陸奥国一宮を称し、近代社格では国幣中社

都々古別三社の一社。現在は神社本庁の別表神社「全国一の宮会」に加盟している。

社伝によると、第12代景行天皇の御世、日本武尊が奥羽鎮撫の際に都都古和気神(味耜高彦根命)を地主神として都々古山に鉾を立てたのが始まり。

都々古山はもとの西白河郡表郷村、現在の白河市にある通称「建鉾山」のこと。

その後、平安時代初期の大同2年(807年)、坂上田村麻呂が現在の棚倉城址に社殿を造営、日本武尊を相殿に配祀。

さらに江戸時代初期の寛永2年(1625年)、丹羽長重が棚倉城建築のため現在地に遷座させた。

主祭神は味耜高彦根命、あわせて日本武尊を祀る。

現在の本殿は、安土桃山時代の文禄3年(1594年)に佐竹義宣が造営したとみられる。「都々古別神社本殿」として国の重要文化財に指定されている。

形式は本格的な三間社流造であるが、組物を出三斗とし、彫刻を用いないなど、簡素なつくりとする。反りのある垂木、庇に架けた水平に近い梁などが中世的な要素であり、桃山期の傑作とされる。

付近の八槻都都古別神社が中之宮(中宮)と呼ばれるのに対して、当社は上之宮(上宮)。下宮に、下野宮の近津神社があり、いずれも久慈川沿いに鎮座する。江戸期には近津三社と総称された。

また、陸奥国一宮は、当社と八槻都都古別神社のほか、石川町の石都々古和気神社、宮城県塩竈市の鹽竈神社がある。

【ご利益】
交通安全、武運長久・勝運、厄災除け
都都古和氣神社(馬場) - 坂上田村麻呂ゆかり、アヂスキタカヒコネ祀る陸奥国一宮
【関連記事】
名神大社とは? - 名神祭の対象となる神々、式内社の中でも特異、その細かな特徴は?
一宮とは? - その地域の中で最も社格の高いとされる神社のこと、根強い一宮めぐり人気
歴史的な一宮とは? - 『中世諸国一宮制の基礎的研究』が底本、資料で確認できる一宮
「全国一の宮会」加盟社とは? - 歴史的な一宮や、新一の宮などを含めた現代版一宮
近代社格の国幣中社とは? - 北海道から九州地方までまんべんなく分布、一宮も多い

神社の創建年代 - 神代から、神武・神功・継体、そして昭和期まで、主な神社を順に並べた
『日本の神社全国版(100) 2016年 1/12 号 [雑誌]』 - 陸奥の霊峰に祀られた神が鎮まる社
福島県の別表神社 | 別表神社とは? - 神社本庁に属する神社の現代版官国幣社
福島県の神社 - 本サイトに掲載されている神社で、福島県に鎮座している神社の一覧