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多羅尾整治氏が毎日新聞で連載している「古代出雲王国は実在したか:多羅尾整治が解く古事記」において、邪馬台国問題に言及しています。画像はAmazonの多羅尾氏の著作紹介ページより。

―古事記を下地とした「古代出雲王国に関するロマン」としての私見を述べてきましたが、「邪馬台国を、どう見ているのだ?」との声が聞こえるような気がします。

とのこと。実際にはまだ聞こえてきてはいないのかもしれませんが、古事記をテーマにしている以上、避けては通れないテーマが邪馬台国の問題です。

―私の中では、スサノヲの活躍や国譲りの戦いの時期が、倭の奴(な)国王云々や卑弥呼の時代と重なります。

―私は「邪馬台国も卑弥呼も、日本列島には存在しなかった」と考えています。最大の根拠は、古事記、日本書紀に「そのような国があり、人物がいた」と推測させる記述がない


と、つまり邪馬台国非実在説。日本書紀の編集者が卑弥呼を神功皇后に当てていることを紹介しつつ、詳細はこちらの本文(上記太文字引用文の引用先)を読んでいただくとして、古事記に軸足を置く限り、このような結論になるのかな、という形です。

魏志倭人伝を全否定する立場ではないので、非実在まで強くはないですが、私も魏志倭人伝の正確性に懐疑的という意味では同じベクトルです。そうなると、邪馬台国を無理矢理後の大和朝廷と連結させる(土着・遷移関わらず発展型、あるいは滅亡型)必要もなく、古事記に網羅されていない、当時倭国に多数あった国の一つ、だったのかもしれません。

そうなると、江戸時代に(国学者の立場からではありますが)主張された、卑弥呼はどこかの女酋説なども可能性が出てきますし、北九州の福岡県や、奈良県を中心とした畿内ばかりでなく、現在までに百家争鳴しているように、日本全土、あるいは海外にあっても良いことにもなってきます。

軽々には判断できない問題ではありますが、一番可能性が高そうな、新発見の考古資料に期待したいところです。

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